近江 / 摂取院



ファイルNo1892
                         山門と鐘突(土塁)   

@ せっしゅいん 
  別名 

A住所:蒲生郡日野町内池
B目標地点:摂取院
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:寺

F遺構等:郭・土塁・説明板
G時代/人物:室町期/蒲生氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2008年05月

  

道案内 

名神高速道八日市インタより国道421号線で永源寺方面へ進み、御園の信号で右折し国道307号線に入り、約10Km先の日野町の松尾の信号(信号手前右に蒲生氏郷の像が建っています。)で右折し、日野駅方面に向かいます。1.6km先左手に摂取院があります。

訪城コメント

城という定義はないですが、蒲生高郷の隠居館であり、館城の一種でしょうな。寺の墓地に高郷の墓があります。寺の周囲には土塁の痕跡と思われる箇所が、通りから寺までの通路(南側)と鐘突の土台に残ります。

本堂
歴史

蒲生氏郷の曽祖父の高郷は、大永三年(1523年)、嫡男家である蒲生秀紀(兄の秀行の子)を音羽城に攻め、後に、蒲生氏の主流となりました。高郷は定秀に家督を譲り、ここに隠居し、享禄三年(1530年)に死去しました。法名をそのまま寺号となったものです。


蒲生左衛門大夫高郷墓の碑と説明板                 土塁       

  

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