近江 小森城



ファイルNo1883

                            

@ こもりじょう 
  別名 

A住所:近江八幡市中小森町
B目標地点:興願寺
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:竹林

F遺構等:郭・堀・土塁
G時代/人物:戦国期/熊沢氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  興願寺から5分

J撮影・訪問時期:2008年05月

  

道案内 

名神高速竜王インタを下り、国道477号線を北に向かいます。西横関の信号で右折し国道8号線に入ります。600m先日野川を越えた東川の信号で左折し県道326号線に入ります。2.2Km先の大森の信号で左折します。500m先で路地に右折し、<左角に「熊沢蕃山ゆかりの地」の看板が立っています> 100m先が興願寺です。
 
訪城備忘録

興願寺の墓地の西側の竹薮の西側に居館跡の周囲を巡る低い土塁とそれに伴う堀が残ります。また、南側に熊沢蕃山の碑と説明板があります。

熊沢蕃山の碑
歴史

熊沢蕃山(江戸初期の陽明学者)の母親の実家で、蕃山の祖父の熊沢守久の養子となって熊沢氏を名乗ったものです。蕃山は一時ここに住んだとされます。熊沢氏は新左衛門廣幸−八左衛門廣次−平三郎守次−半右衛門守久と続いて来ており、蕃山は元和五年(1619年)生まれてあるため、熊沢氏は戦国期にはこの地に根付いていたと考えられますが、何時からなのかよくわかりません。ただ、南朝系皇室の末裔と言われ、応仁の乱の時の文明元年(1469年)に南朝系熊野王信雅が挙兵しますが実らず、延徳二年(1490年)に尾張で熊沢氏を名乗ったとされます。この一族がここの熊沢氏になります。

     堀         土塁(手前堀、奥は郭)
  

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