近江 / 物生山城



ファイルNo1806

元亀動乱時、佐和山城を攻める織田氏付け城のひとつ

          堀切  

@ むしやまじょう 
  別名 

A住所:彦根市宮田町
B目標地点:
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀切・竪堀
G時代/人物:戦国期/?
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  宮田橋から25分

J撮影・訪問時期:2007年09月 2010年01月
           (2015年01月)・2015年07月

  

道案内 

名神高速彦根インタを下り、原町の信号を右折して国道306号線に入り国道8号線に向かいます。外町の信号で右折し国道8号線に入ります。古沢の信号を過ぎて佐和山トンネルを越え、トンネルから2.7km先の鳥居本町北の信号で左折します。近江鉄道を越え、運送業の営業所を越え、新幹線のガードを越えたら正面が宮田町の集落です。集落は道が狭いので左に迂回して行きます。川沿いの道を右折して200m先が宮田橋です。橋を渡ると道は右カーブになりますが、橋から100m先に左に入る未舗装道があり、ここに入ります。奥には墓地がありますが、墓地手前に左に円弧している道があり、ここを進みます。山下のお墓から右に登る道があり、尾根まで登るとそのまま右手方向に尾根道を進みます。鉄塔を越えすすみ、最後に急坂を登ると城跡です。あるいは宮田橋から600m先のむし山橋のところで、橋を渡りそのまま直進して集落の中の細い道を山に向かって行きます。山に入ると三又に道は分かれていて真ん中の急坂の道を登ると尾根先端に岩が御神体の囲いがあります。この裏手から斜め左に登って行くと城域です。
または、佐和山の龍譚寺からの登城道を登り、切通りで右は佐和山城へ、左に登って行くと尾根を進み物生山城に至ります。

訪城備忘録

主郭はあまり広くなく砲台風のピーク地です。西下へも尾根が続いており、こちらに明瞭な堀切があります。堀切には土橋も残り、堀切は竪堀に繋がっています。これ以外には小さな段郭がある程度の遺構です。 しかし、元亀の動乱の際の付け城である事もあり、佐和山方面の尾根を縦走すると尾根の途中に堀切があります。

2015.1
物生山城の北側向かいの尾根で発掘調査があり、堀切・竪堀などが検出されました。これも織田氏の佐和山包囲網の一部と考えられるとの事です。

主郭北側下段郭
歴史

築城時期、築城者は不明です。織田勢が元亀年間に佐和山城の磯野氏を攻めるための砦として構築したものではないかと推測されています。

堀切と土橋
主郭下から         堀切から竪堀
城跡方向遠景
堀切
主要部堀切と土橋
尾根上の堀切
尾根上の堀切から竪堀
2015.1月の発掘調査現地説明会(物生山城の向かいの尾根)
竪堀を下から                     尾根上の堀切遠望
堀跡                       堀切

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