近江/ 池田東城



ファイルNo1653

       右手が城跡  

@ いけだひがしじょう 
  別名 

A住所:甲賀市甲南町池田
     旧:甲賀郡甲南町 

B目標地点:
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁 
G時代/人物: 室町期/池田氏
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2006年12月
         (2024年04月)

  
虎口風の箇所

【道案内】

国道1号線で湖南市(旧甲西町)方面から来ると、西名阪という信号の50m先の信号で右折し甲賀水口中心部に入ります。県道549号線を進みすぐの本綾野の信号で右折して水口町市街地(現:甲賀市)を抜けます。近江鉄道を越えて約600m先の内貴橋北の信号で右折し、県道122号線(旧:国道307号線)に入ります。道なりに約1.5Km先の三大寺北の信号で県道4号線と合流し進みます。 あるいは、国道1号線、三雲西の信号から県道4号線に入り、約9km先の三大寺北の信号で県道4号線は右折で、約600m先が庚申口の信号で国道307号線を横切りそのまま県道4号線を進みます。


庚申口の信号で国道307号線を横切り、さらに県道4号線を進みます。庚申口の信号より約5Km先の野尻の信号を越えると県道は左に大きくカーブします。野尻の信号から約500m先の左カーブの途中に池田の信号があり、ここを右折します。直線道路を2.1Km進むと右手に桧尾神社(近くに桧尾寺・文殊院があります。)の鳥居があり、この鳥居の50m手前を右折します。約100mほど細い道を進むと坂で、登ると正面に池が見えます。この右手池沿いを進むと約200m先に民家が一軒あり、民家手前で左手に畑を通り雑木林に入る道があります。途中二股に分かれますが、右手に進んでください。林に入ったらまた、右手斜面を登る道がありますので、ここを登ったところが城跡です。

 


【訪城備忘録】

訪城時、デジカメを忘れたので写真は携帯電話で写した写真です。畑地から細い道を林に入ると、虎口形状を伴った土塁が横たわっています。城址は右手ですが、左手側にもピークがあり、道があります。登って見るとそこは墓地でそれも土葬のようです。周囲に土塁があり、遺構であっても不思議ではないんですがね。林の入り口まで戻ると右手に登る道があります。ここを登ると祠があり、さらに登ると一基のお墓のあるピークです。ここは櫓台のようです。この先に土塁が続き、右手下が主郭ですが藪状態です。戻って祠の先を下りると今は畑地ですが主郭東側下に平坦地があります。主郭は小さめですので、この平坦地に居館があったのかもしれません。

【歴史】

池田大和守の居館と伝わります。

  
  
主郭土塁
  
城跡遠景
  
  

           檜尾神社   

滝(多喜)、池田の総社となる神社です。 この神社背後の丘陵の反対側の下坊谷池、上坊谷池周辺に池田東城、西城、坊谷城があります。 当地の池田氏は岡山池田氏などの大名の先祖と言われるようで、神社修復で、大永五年(1525年)に池田新治郎が屋根をふき替え、天正八年(1580年)、池田信輝(のちの池田恒興)が改築したとされます。なお、現本殿は宝永三年(1706年)に再建されたと伝わります。

本殿
多喜氏が文正元年(1466年)に奉納したという銘が残る石段
旧第一鳥居   
今は腐食し上部のみ残っているもの。左甚五郎作とも言われる。

近くの城・関連の城:池田西城 坊谷城 小出城 小谷城 中野城