近江 長光寺城



ファイルNo713

柴田勝家の瓶割り逸話が有名

                            一の郭下石垣

@ ちょうこうじじょう 
  別名  瓶割城・瓶割山城

A住所:近江八幡市長光寺町
B目標地点:日吉神社・不二滝
C形式:山城  D比高:120m 
E現況:山林

F遺構等:石垣・竪堀・土橋・土塁・井戸
G時代/人物: 室町期/佐々木氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  日吉神社より25分

J撮影・訪問時期:2001年9月・2005年3月・2007年11月

  

道案内  ←登城口

名神高速竜王インタを下り、国道477号線を北に向かいます。西横関の信号で右折し国道8号線に入ります。600m先、日野川を越えた東川の信号を越え、3Km先六枚橋の信号を越え、400m先で右側工業団地に右折し、突き当たりを左折します。400m先に不二滝の表示がありますのでここを右折します。200m先左側が日吉神社で日吉神社の右奥が不二滝です。日吉神社の本殿裏手(駐車場のところ)より登ります。
2016年03月、近くを通ったら、工場団地裏手の道沿いに新しい説明板と登城道ができていました。  
訪城記録

日吉神社の横に「瓶割城」登り口の標識があります。少し荒れている急な山道を20分ほど登りますと石垣のところに出ます。途中、竪堀のような箇所が数箇所、見張り台のような独立した箇所などがありましたが、遺構かはわかりません。石垣は補強してあるのか当時のもののように見えません。そばに一の郭と二の郭を結ぶ土橋がありますがこれは明瞭です。二の郭はやぶ状態です。その先の斜面には石垣が数箇所ありますが、後世の土止めなのか当時のものかはわかりません。一の郭の先でT字になります。左手には武者隠し・薄い空堀及び土橋と反対側に竪堀、その先に郭が続き、城の谷に至ります。右手に行くと古井戸が残り、その先は地蔵群の箇所(八角平)を経て三の郭となります。

現地案内板
歴史
応仁の乱の時、佐々木政堯が居城し宗家に対抗しました。永禄十一年(1568年)の織田信長の上洛戦では六角氏方が籠城しましたが落城しました。元亀元年(1570年)に織田信長は柴田勝家を長光寺城の守将とし、旧領回復を狙う六角義賢・義治父子への押さえとしました。六角父子が長光寺城を攻めた時、籠城した勝家は苦戦し、水瓶を割ってまだ水があるように敵方に見せた後、城より討って出て六角氏方を総崩れにした事から瓶割柴田と呼ばれるようになりました。天正四年(1576年)の安土城築城の頃に廃城となりました。


一の郭                      井戸

土橋                      二の郭
二の郭側石垣(当時のものか?)        一の郭より八幡山方面を見る

  
 空堀                     武者隠し?
現地案内板より

近くの城・関連の城: