近江 / 宇佐山城



ファイルNo0656

森可成討死の城

                           主郭下石垣     

@ うさやまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:大津市錦織町(宇佐山)〜南滋賀町〜神宮町
B目標地点:宇佐八幡宮
C形式:山城  D比高:200m 
         宇佐八幡宮より比高100m
E現況:中継局・山林

F遺構等:郭・石垣・堀・堀切・竪堀・土塁
G時代/人物: 戦国期/森氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  宇佐山八幡宮から20分

J撮影・訪問時期:2001年07月・2010年09月
             2014年10月・2017年02月

  

道案内 ←登城口 ←城跡

浜大津より国道161号線の柳が崎の信号(琵琶湖競輪場前)の信号で左折し700m先の近江神宮鳥居前でT字交差点になります。これを(県道30号線)左折しその先のクランク状の道を過ぎ川を渡ってすぐ右折し細い道を登ります。400m先で右折し再度川を渡り坂を登ると宇佐山八幡宮です。ここは近江神宮の裏山にあたる山腹です。この宇佐八幡宮から登ります。
 
訪城備忘録

宇佐八幡宮の尾根を登ります。 2009年に近くの小学校の生徒さんが宇佐八幡宮から道案内プレートを設置されましたので道は迷わないと思います。最初は直登気味に斜面を登り、途中から右手方向に登ります。途中、出郭のような小さな平坦地を越えます。城域に入ると2箇所に大きな竪堀を見る事が出来ます。道が尾根下の平坦道になると左上を見上げると本丸(主郭)の石垣が見えます。本丸跡にはテレビ塔が建っていますが、本丸(主郭)はこの南斜面の規模の大きな石垣が残り、そこから東斜面にかけて石垣が残存しています。二の郭西斜面、南斜面にも石垣が残存し、二の郭の南斜面下の帯郭をさらに下りたところにもうひとつ規模の大きな石垣が残存しています。さらに、本丸(主郭)と堀切で隔てた東郭の南斜面にも僅かですが石垣遺構が認められます。また、二の郭の西側段郭に下り、さらに西尾根を進むと竪堀、堀切が残ります。城跡は規模の小さい城ですが、歴史に残る城であり、石垣も初期の石垣が見られるので登る価値はあります。それから、本丸(主郭)にあるNHKの中継局の建物の西側が少し浮かせて建てられています。その下を覗くと石列の水路跡のようなものや大石が置かれています。これも遺構なのだろうか?なお、本丸(主郭)、二の郭の北斜面は急斜面で石垣は無いようです。石垣は敵方を威嚇する見せる石垣の役目もあったんでしょうねぇ。

主郭東下石垣
歴史

元亀元年(1570年)、織田信長が森可成に命じ比叡山・浅井朝倉軍への押さえとして築城されました。九月朝倉軍に攻められ、森可成は坂本で戦死しました。元亀二年(1571年)の比叡山焼き討ち後、明智光秀が坂本城を築城し、宇佐山城は廃城になりました。
参考に道案内ページを作りました。 ⇒ 
主郭下石垣
             主郭東下堀状        二の郭西斜面石垣         
東郭からの眺望
登城道途中の竪堀二箇所
本丸石垣遠望
本丸石垣
二の郭西下郭
二の郭西下郭とスロープ状土塁
西尾根の竪堀
西尾根の堀切
西尾根の堀切(横から)
西尾根の先
   
二の郭西下の石垣
二の郭南下の石垣
二の丸下帯郭の下の石垣
二の丸下帯郭の下の石垣
東郭8左上)と主郭(右上)の間の堀切
  
主郭の東郭の間       東郭の残存石垣
東郭下石垣
       東郭         東郭の東下段郭
  
森可成の墓(大津市来迎寺)   来迎寺表門(坂本城移築門)

近くの城・関連の城: