近江の城016  

                                                                               

山田城  1752
草津武道館と城跡説明板

現地説明板より
A草津市南山田町
B草津市武道館
名神高速栗東インタを下り、国道1号線を草津・大津方面に進みます。インタより2つ目の信号の上鈎(かみまがり)の信号で右折し県道31号線に入ります。3Km先でJR東海道線の陸橋を越え、さらに3Km先(花園・駒井沢町の信号を通過)の志那中町の信号で左折し県道26号線(通称浜街道)に入ります。5Km先の山田町の信号で左折し、50m先を右折し300m先です。今は草津市武道館が建っているところが城跡です。武道館建設前に発掘調査が行われ、二重の堀が検出され、城は円形をしていたようです。今は武道館前に説明板があるのみです。

C平城
F遺構等:説明板 
G鎌倉期〜/山田氏 
H満足度:凸
鎌倉期から室町期まで山田郷を領した山田氏の居城とされます。

J訪城:2007/08
 ※
  
片岡環濠集落  1754
片岡町の水路

観音堂(下寺町)

片岡城あたり
A草津市片岡町

名神高速栗東インタを下り、国道1号線を草津・大津方面に進みます。インタより2つ目の信号の上鈎(かみまがり)の信号で右折し県道31号線に入ります。3Km先でJR東海道線の陸橋を越え、さらに3Km先(花園・駒井沢町の信号を通過)の志那中町の信号で右折し県道26号線(通称浜街道)に入ります。100m先の片岡町の信号で左折します。その先、片岡町一帯を水路が巡ります。また、片岡町の隣の下寺町にある観音堂は織田信長の兵火にも残ったと説明板にありました。さらに、片岡町の北側は片岡城と言われます。

C平城(環濠集落)
F遺構等:
G−−期/−−氏 
H満足度:凸
詳細不明 

J訪城:2007/08

 ←片岡城 ※

 ←観音堂 ※
   
駒井城  1755 
建分大明神遠望

駒井氏発祥の地の碑

建分大明神
A草津市集町〜駒井沢町  B建分大明神
名神高速栗東インタを下り、国道1号線を草津・大津方面に進みます。インタより2つ目の信号の上鈎(かみまがり)の信号で右折し県道31号線に入ります。3Km先でJR東海道線の陸橋を越え、さらに1.5Km先の駒井沢町の信号を越え、750m先を左折し、500m先の新堂小学校を越えてすぐ斜め左折、すぐをまた左折します。250m先の阿弥陀寺と神社を越えて、100m先を左折した先に小さな神社があります。資料では神社裏手に土塁の痕跡とありましたが、それらしいものは無かったです。境内には駒井氏発祥の地の石碑がありました。


C平城
F遺構等:碑 
G室町期/駒井氏 
H満足度:凸

六角(佐々木)満高の次男の(石見守)高郷が応永元年(1394年)に駒井荘六ケ村を領して駒井氏を名乗り、代々の居城としました。六角氏が没落後も秀吉に仕え、豊後で二万五千石の大名にまでなりましたが、関が原の戦いで西軍に付いたため、所領を没収され没落しました。

J訪城:2007/08
 ※