美濃 / 池田



ファイルNo1115

池田恒興(信輝)・元助(之助)の墓がある

                            池田不動境内

@ いけだじょう 
  別名  −−−−−

A住所:多治見市池田町  
B目標地点:池田不動・池田稲荷神社
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:神社・山林

F遺構等:
G時代/人物: 戦国期/池田氏 
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2005年11月

  

道案内  

中央高速道多治見インタを下り、国道248号線を多治見市内に向かいます。700m先の音羽町の信号で国道19号線を横切り、800m先の国長橋手前の市民病院前の信号で右折し県道421号線に入ります。300m先の県病院口の信号を越えJRのガードをくぐると左折します。JR沿いにしばらく進みます。(左折後200m先Y字は左に進みJR沿いを進みます。) 左折から800m先に左折して池田不動・池田真徳稲荷神社に登る道がありますのでここを進みます。300mほどで神社です。 
訪城コメント
池田稲荷

登ってきた道が平坦になると左手が稲荷神社、右手が池田不動です。稲荷神社は高台に位置し郭跡の感じはします。境内東側下には池田城城主の碑と墓があり、この斜面に石垣がありますが、遺構なのかどうか判別できかねます。池田不動の駐車場南斜面には天正十二年(1575年)の小牧長久手の戦いで戦死した池田勝入斎恒興(信輝)・元助(之助)親子の墓と伝えられる墓標があります。

石垣?
歴史

池田氏は摂津が発祥と言われますが定かではありません。池田恒利の妻が織田信長の乳母となったことにより、織田氏の有力武将になります。小牧長久手の戦いで恒興(信輝)・元助(之助)親子が討死しますが、次男輝政が家督を継ぎ、吉田城・姫路城を築き、江戸期には岡山・鳥取などで大名として続きました。この城は詳細はよくわかりませんが、美濃池田氏の城ということだと思われます。


池田勝入斎恒興(信輝)・元助(之助)の墓(池田不動側)                   池田城主の墓(池田稲荷側)     

  

近くの城・関連の城: 長久手