美濃 / 松尾山城



ファイルNo0498

関ヶ原の戦いで小早川秀秋が陣したことで有名

            主郭

@ まつおやまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:不破郡関が原町松尾
B目標地点:
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・堀切・石碑・説明板
G時代/人物: 室町期/富島氏
H満足度:
凸凸☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  麓登城口より1.4km(30分)


J撮影・訪問時期:
2003年07月・2018年04月

  

道案内      ←登り口

名神高速道関が原インタを下り、国道365号線を上石津町方面に進みます。インタ前の信号から350mで高速道のガードを越えて250m先を右折します。戦国ロードと呼び道で国道21号線の藤下の信号まで繋がってます。2.4km先に大きな標識がありここを左折します。すぐ右手に駐車場があります。
あるいは、国道21号線松尾の信号を南に入ります。約1.1km先で名神高速道のガードをくぐります。前面の山が松尾山で林道が前方に伸びています。

訪城備忘録

主郭は周囲の土塁、枡形虎口が綺麗に整備されています登り道途中、主郭手前の山中の郭と土塁が城跡の雰囲気があります。登り道は北東側から登ってきたことになりますが、資料からすると主郭から北西側斜面・西側にも郭が広がっているようですが、よくわかりません。主郭の枡形虎口から南側に出ると堀切・土橋、この先のピークの先にも堀切・土橋があります。

主郭の枡形虎口
歴史

応永年間(1394〜1428年)に富島氏城が築いたとされます。元亀元年(1570年)に浅井長政が修築し樋口氏が守将としますが樋口氏は織田氏に寝返り、天正元年(1573年)に浅井氏討伐後は不破河内守光治が守備したと伝えられます。天正四年(1567年)頃に境城の役目は終わり、天正七年(1579年)には廃城とされました。慶長五年(1600年)に関が原の合戦直前に小早川秀秋の陣所とされ、関が原の戦いでは小早川氏は西軍から東軍に寝返り大谷氏に攻撃を加えました。 <現地案内板より>

主郭土塁
主郭枡形虎口
主郭枡形虎口
主郭背後の堀切土橋
主郭南下      主郭東南下
堀切と土橋
堀切と土橋       堀切から竪堀
山中の郭と土塁              麓付近の堀?
主郭後方より           山中の郭の土塁
  
眺望
主郭を下から

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