信濃の城002  

                                                                               

御影陣屋  0966
説明板

右手が陣屋跡
A小諸市御影新田  B御影コミュニティセンタ C平城

上信越高速道佐久インタを出て右折、800m先の佐久インタ西の信号で右折し国道141号線に入ります。1.5Km先の御影区入口の信号で右折し800m先の御影集落内の御影コミュニティセンター(公民館)手前に陣屋跡はあります。平坦地と説明板があるだけですが、今後なにか復元でもされるのかな?

F遺構等:郭?・説明板  G江戸期/徳川幕府  H満足度:凸

天領の代官陣屋として元禄十二年(1699年)に設けられましたがこの時は臨時のものでした。、その後、寛延二年(1749年)に再び陣屋が設置されこれより明治維新まで継続的に幕府支配の拠点として使用された陣屋です。 <現地案内板より>

J訪城:2005/08
  
  
鍋蓋城  0967
城址案内プレート
A 小諸市本町1丁目 C平城
上信越高速道小諸インタより県道79号線で小諸市内へ向かい本町の信号で右折し県道40号線に入り50m先右手の個人宅です。(あるいは上信越高速道佐久インタから国道141号線に出て3Km先の平原の信号で左折し国道18号線に入り、四ツ谷の信号で斜め左へ小諸市内で向かいます。(国道141号線/国道18号線旧道) 3Km先が小諸駅付近で、その先の本町の信号を左折します。)個人宅の塀沿いに「大井伊賀守居城鍋蓋城址」というプレートが付けられています。

F遺構等:なし  G室町期/大井氏  H満足度:凸

長享元年(1487年)に大井伊賀守光忠が鍋蓋城を築城します。この地はのちの小諸城鍋郭となります。その後、光忠の子の光為は鍋蓋城の支城として乙女城(白鶴城)<のちの小諸城二の丸>を築城、その他支城群も築きました。天文二十三年(1554年)の武田信玄の侵攻で落城したようです。

J訪城:2005/08