信濃/ 和合城



ファイルNo0415


                            

@ わごうじょう 
  別名  −−−−−

A住所:上田市下塩尻〜埴科郡坂城町南条 
B目標地点:
C形式:山城  D比高:250m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:(郭・石積み・堀切・竪堀・説明板)
G時代/人物: 戦国期/村上氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  途中断念

J撮影・訪問時期:2002年06月

  

道案内 ←登り口     ←城跡

上田市内から国道18号線で上田市と坂城町の境まで行きます。坂城町南条側、鼠宿の「会地早雄神社」入り口より400m先で右折し200m先のスーパーを過ぎてT字交差点を右折し100m先の山麓付近に登山口があります。 
訪城備忘録

山の高さを見て軟弱にもあえなく断念しましたので、ご紹介する内容がありません。
遺構としては西の峰先端に主郭を置き13m四方が土塁が巡りわずかですが石垣が残るようです。二の郭については北と東に土塁があり内側に石垣が積まれているようです。四の郭は東側に土塁、その先に大きな堀切があり尾根を断ち切っているようです。(資料より)

登り口の碑
歴史

葛尾城村上氏の支城として機能していたようです。天文二十二年(1553年)に武田氏の信濃侵攻で没落し、城は武田氏の家臣多田氏が守将を勤めたと伝えられます。天正十年(1582年)武田氏が滅亡後上杉方となっていたこの城を真田昌幸が破ります。慶長五年(1600年)真田氏が西軍に付いた押さえとして森忠政は葛尾城とこの城に兵を入れたとされます。 (資料より)

  

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