信濃 山村代官屋敷
+福島関所



ファイルNo1303

                          下屋敷復元門  

@ やまむらだいかんやしき 
  別名 

A住所:木曽郡南木曽町福島 
    旧:木曽郡木曽福島町

B目標地点:福島小学校 
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:小学校・宅地 

F遺構等:下屋敷・郭・石垣・碑・説明板 
G時代/人物:江戸期/山村氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2006年06月

  
下屋敷敷地内

【道案内】 

中央自動車道中津川インタから国道19号線を木曽方面へ50km先、元橋の信号(県道20号線との分岐)を越えて、700m先Y字を左手県道461号線に進みます。3.5Km先(木曽町役場前から1.7Km先)の上町の信号で左折し木曽川を越えたら左折します。150m進んだところが城跡です。



【現況・訪城記録】

山村代官屋敷は福島城の居館であったところに屋敷としたもので、現在は福島小学校が建っているあたりのようです。隣接する所は下屋敷で建物が現存しているようですが、訪問が夕方であったため中には入れませんでした。福島小学校のグランド下(国道沿い)は東門跡となりますが、ここの石垣は延享四年(1747年)に改修されたものが一部残っているようです。福島関には復元の門、建物があります。



【歴史】

山村氏は鎌倉時代の大学頭の大江匡衛一族の流れを祖とし、木曽義元(義昌の祖父)の食客となり、のちに、木曽氏の重臣となりました。山村良利は木曽氏の武田氏従属下での中心的な役割を担っていました。子の良候は木曽氏の下総移封後も木曽で徳川氏に従い、関ヶ原合戦には徳川秀忠の先陣を勤めたため、その功にて木曽の代官を命じられました。元和元年(1615年)には木曽谷は尾張藩となり良候の子の良勝は尾張徳川家に仕えて、その後、山村家は木曽の代官として明治維新までここを支配しました。

  
東門石垣
  
福島関
  
  

近くの城・関連の城:

          

福島関(復元)