信濃/ 福島城



ファイルNo1302

                主郭(一の郭)   

@ ふくしまじょう 
  別名 向城・小丸山城 (上の段城) 

A住所:木曽郡南木曽町福島
    旧:木曽郡木曽福島町福島 

B目標地点:興禅寺より 
C形式:山城  D比高:200m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・堀切・竪堀・碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/木曽氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  林道の中腹登城口より10分

J撮影・訪問時期:2006年03月

  
主郭北側堀切

【道案内】  

中央自動車道中津川インタから国道19号線を木曽方面へ50km先、元橋の信号(県道20号線との分岐)を越えて、700m先Y字を左手県道461号線に進みます。3.5Km先(木曽町役場前から1.7Km先)の上町の信号で左折し木曽川を越えて国道361号線を右手方向に道なりに進みます。600m先の興禅寺前で左折し寺沿いを進み200m先で左折し、300m先の右側木曽福島郷土館を越えてT字になります。アスファルト道は左折ですが、右側の土道に右折し林道に入ります。1Km先の中腹のNTTdocomoの施設下に城跡の登り口が有ります。ここよりさらに山道を800m登ったところが城跡です。林道は車一台の幅の道です。わだちはあまりないので乗用車でも登れますが、一方は山の崖、一方は崖で、中腹の登城口には乗用車一台程度の駐車スペースのみです。Uターンは苦労するかもしれません。(反対側が崖でこわい)自信の無い方は林道入口から歩いた方が無難かも。

 (木曽福島への他のインタは中央自動車道伊那インタから国道361号線で約20Km・国道19号線に入って10Km先、あるいは長野自動車道塩尻インタから国道19号線で約50Km先です。)



【訪城備忘録】

3月下旬になっても山中には雪が残っていました。林道入口には「熊出没注意」の看板・・・夏場ですとビビるな。中腹の登城口より城山自然遊歩道を進みます。城跡は主郭から南に二の郭、三の郭を主な郭として連なります。登城道は二の郭と三の郭の間の堀切に出ます。二の郭には土塁はなく、主郭との間にはまた堀切があり、これは明瞭です。主郭は二の郭からは10mほど高い位置で、ここも土塁などはありません。北側は尾根との落差が20mほどあり、尾根とは堀切で遮断されています。わりと簡素な戦国期の城という感じです。



【歴史】

天文年間(1532〜1554年)に木曽氏第18代、義康が築城したと伝えられます。麓の江戸期山村代官屋敷のところが居館で、城山は詰め城として築かれたものです。第19代義昌は武田氏に属しましたが、武田氏滅亡前に織田氏に与し、その後は秀吉に従いました。天正十八年(1590年)に木曽氏は秀吉によって下総網戸(千葉県旭市)に移封となりました。義昌の子の義利は慶長五年(1600年)頃、徳川家康によって改易となりました。なお、戦国期の木曽氏は木曽義仲の子孫(三男義基の末裔)としていますが、疑わしいようです。

  
二の郭から堀切越しに主郭
  
主郭・二の郭の間の堀切
  
現地説明板より
  
城跡遠望

近くの城・関連の城:

          

      二の郭       二の郭と三の郭間の堀切
主郭北側の堀切      主郭北側の尾根上郭
城跡尾根より木曽川と市街地   興禅寺の木曽義仲の墓