信濃/ 妻籠城



ファイルNo1300


                            主郭

@ つまごじょう 
  別名 

A住所:木曽郡南木曽町吾妻 
B目標地点: 
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・土塁・堀切・碑・説明板 
G時代/人物:鎌倉期?/沼田氏・木曽氏?
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  説明板より10分

J撮影・訪問時期:2006年03月

  
主郭土塁

【道案内】 

中央自動車道中津川インタを下り、国道19号線を松本方面に進みます。21Km先で国道19号から国道256号へ右折し700m先で「妻籠宿」という大きな案内板の手前の路地を左折します。沢筋の道を300m登るとT字で、右が妻籠宿となりますが、ここで左手前へと戻る方向に鋭角に曲がります。(小さな妻籠城の標識があります。)そのまま細い道の坂を上がっていくと、上の道と合流します。この合流点の左に城址碑と説明板があります。この左手の山が城跡で、説明板の前には1.2台の駐車できます。



【現況・訪城記録】

妻籠は初めてだったので妻籠の有料駐車場(500円)に停めて、宿の中を通って城跡に向かいました。説明板のところから左手より登ります。登りだしてすぐ大きな谷に土橋が付けられているような箇所にでます。一騎駆けのようになっています。ここを通ると、右手に登ると二の郭との堀切にでます。遊歩道の整備で堀切は半分破壊されていますが、堀切の規模は認識できます。左手に更に登ると主郭下の堀切があります。ここにも明瞭な土橋がありました。主郭は円形で周囲を土塁が巡ります。ただ、いたるところで土塁が削られているため往時はどうだったか少し不明瞭です。主郭からは妻籠宿が一望でき、気持ちがいいです。



【歴史】

築城時期、築城者は定かではありません。文永年間(1264〜75年)に沼田右馬介あるいは木曽讃岐守家村が築いたとも伝えられます。室町中期には美濃遠山氏の所領であったとされ、その後の戦国期(1500年頃)からは木曽氏が支配しました。天正十二年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは木曽義昌が秀吉方に付き、妻籠城には山村甚平衛良勝を入れましが、徳川方の菅沼大善定利、保科越前守正直、諏訪安芸守頼忠らが攻め寄せたが、良勝はこの城を死守しました。関が原の戦いの時には修復されましたが、元和二年(1616年)に廃城となりました。


城跡遠望
  
主郭下堀切と土橋
  
説明板
     
  

近くの城・関連の城:

          

現地説明板より
 
  土橋?               二の郭との堀切
主郭下堀切
妻籠宿
妻籠宿脇本陣林家            妻籠宿本陣(復元)
妻籠宿枡形