信濃/ 伊那小出城



ファイルNo1058

                            二重空堀の堀

@ こいでじょう 
  別名 花田城・城田城

A住所:伊那市西春近小出1区城  
B目標地点:西春近北小
C形式:丘城  D比高:−−m 
E現況:山林・宅地・田畑

F遺構等:郭・堀・土塁・碑・説明板
G時代/人物: 鎌倉期/小出氏 
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分


J撮影・訪問時期:2005年09月・2006年04月

  
城址碑と説明板

道案内】 

中央高速道の伊那インタを下り、県道87号線を国道153号線方面に進みます。国道の手前の御園の信号で右折し県道146号線を駒ヶ根方面に進みます。2.7Km先で小黒川を越えすぐに斜め右へ登ります。段丘上の台地に出て道なりに進みます。1Km先の山本の信号で左折しスーパー農道に入ります。1Km先右手の集落(常輪寺の先)が城の集落です。さらに500m先左手が深妙寺です。このスーパー農道は城の集落付近でいったん下り、小さな陸橋を越えますが、この下りになる直前で左折し(西春近北小の標識があります。)150m先右の路地に入ります。(右手二本目の路地で集落が切れたところ)300mほど進む(右手集落、左手田んぼ)と左側に一軒民家があり、その先が竹薮です。この竹薮の左手段丘の上が城跡です。



【訪城備忘録】

先回は段丘の東の先端に城があろうと思い、東方集落から小学校の間を探していましたが見つけられませんでしたので再訪しました。城は深妙寺の谷を挟んで北側に位置しています。城址碑と説明板があるだけかなと思っていましたが、主郭は畑地ではあるものの40m四方とけっこう広く、南東側と南西側にL状の低い土塁らしきものが残り、主郭の東側下には二重の空堀(堀切)が残っていました。



【歴史】

小出氏は工藤氏の一族で、鎌倉前期にこの城を築城しました。<現地案内板より>

源頼朝の家臣工藤祐經の子の犬房丸が建久四年(1193年)にこの地に流罪になりました。犬房丸祐時は地頭の小出氏の庇護を受けますが、建保元年(1213年)に29歳で死去しました。鎌倉幕府は池上彌次郎入道にこの一帯の統治を命じ小出に政所が置かれました。地頭には小出氏、赤須氏、片桐氏、飯島氏、名子氏、田島氏が就いています。 <深妙寺縁起より>

  
主郭と土塁
  
主郭下の堀(二重空堀)
  
  

近くの城・関連の城:春日城

          

東方集会所にある碑             深妙寺