信濃/ 干沢城



ファイルNo0975


                           二の郭との堀切 

@ ほしざわじょう 
  別名  樋沢城

A住所:茅野市宮川  
B目標地点:安国寺
C形式:山城  D比高:50m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・碑・説明板
G時代/人物: 室町期/諏訪氏 
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  陸橋下から10分

J撮影・訪問時期:2005年08月

  

道案内   

中央高速道諏訪インタから国道20号線バイパスを茅野方面進みます。国道20号線新井の信号で左折し国道152号線に入ります。600m先の高部東の信号で左折します。600m先の安国寺西の信号で国道は右折ですが直進して県道16号線に入ります。400m先の安国寺の信号で左折し100m先左手が安国寺です。道の右側にバス停があり、右に入る路地があります。(小さな干沢城の看板があります)路地を200mほど進み国道152号線の陸橋の下まで行きますとそこより登城道があります。
 
訪城備忘録
主郭城址碑

郭については後年耕作地として利用されていたようで、どこまで遺構が残存しているのか定かではありませんが、各郭を隔てる堀切は明瞭な形で残っています。

主郭切岸
歴史

築城年代は定かではありませんが、康生二年(1456年)の諏訪氏の神官と政治の分離以降、諏訪頼満は大祝として宮川の西側にありました。文明十五年(1483年)に頼満の子の諏訪(大祝)継満が総領家と争いこの城に立て籠もりました。いったん高藤に逃れ、翌年再挙し大祝に復帰します。天文十一年(1542年)の武田氏侵攻で落城し、その後は武田方が守り武田氏滅亡後に廃城になったと考えられます。

現地案内板より
  

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