信濃/ 有賀城



ファイルNo0390

             主郭と二の郭との 

@ あるがじょう 
  別名  天狗山城

A住所: 長野県諏訪市豊田有賀
B目標地点:江音寺
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:堀切・土塁・石垣?・説明板
G時代/人物: 鎌倉期〜/有賀氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2002年06月

  

道案内 

県道16号の豊田有賀の信号を曲がり、県道50号を江音寺に向かう。江音寺墓所よりも登れますが、さらに県道を江音寺を通り過ぎて少し登ると左側に有賀城の看板と冠木門があるので、そこより10分の山道です。
 
訪城備忘録

諏訪湖周辺に点在する城の中では規模は小さいが縄張りが完存しているといえます。私が登った道は沢から尾根へ上がる道です。(寺からは尾根先端より段郭を通って主郭に入るのではないかと思います。)

尾根に上ると主郭背後の尾根との堀切のところにでます。この堀切今でも深さが8mほどあり(主郭側で)明瞭です。主郭は削り込んで削平地を作り尾根側を残し土塁としています。この土塁も高さ4mほどあります。土塁の側面に石積みがありますが、城の遺構ではなさそうです。主郭の東側下から二の郭との間、さらに二の郭西側へ横掘〜堀切〜竪堀と連続して繋がる堀があります。横掘部分は後世のものかもしれません。二の郭には周囲を土塁が巡ります。こちらも明瞭に判ります。城跡直下50mのところに中央道が走っていますが、訪城した時に鹿2頭と出会いました。朝の五時過ぎの訪城でしたので、鹿の夫婦の寝起きを襲ったのかも・・・。

主郭
歴史

承久年間(1219〜22年)に有賀氏(諏訪氏の支族)によって築かれたと考えられます。その後、有賀氏の居城として機能しますが、天文十五年(1546年)、有賀泰時の時に武田氏によって落城し、武田氏の臣、原美濃守虎胤を経て千野氏がこの地を領しました。

二の郭土塁       主郭背後堀切
現地案内板より
  

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