信濃/ 麻績城



ファイルNo0375


                            城跡遠景

@ おみじょう 
  別名  −−−−−

A住所:東筑摩郡麻績村麻
B目標地点:
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:途中断念
G時代/人物: 戦国期/服部氏〜麻績氏(青柳氏)
H満足度: 途中断念
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  案内板には25分と書かれてありました。

J撮影・訪問時期:2002年10月

  

道案内 

長野高速麻績インタを降り、国道403号線から駅前の信号で国道は左折で400m先の本町の信号で左折し県道12号線に入り中町付近に説明板がありその辺で右折し進むと左側に城跡登り口の看板があります。(あるいは法善寺の1.5Km先に道標がありここよりも登れるようです.。登るのはこちらからの方が距離も短く登れるようです)
 
訪城備忘録

時間がないところで大手側から少し山には入ってみましたが、尾根まで結構ありそうでしたので登るのは断念しました。どちらから登っても第4郭の尾根側に出るようです。そこより尾根先端側へ城跡があります。尾根上に4郭が直線的に並び尾根先端が主郭のようです。第3郭の尾根側と主郭尾根側に深い堀切がありようです。また、居館跡近くより麻績古城の登り口があります。この城は虎口に石垣も残っているようです。

居館跡
歴史

元々は服部氏の居城です。天文二十二年(1553年)に武田信玄が青柳氏を従えて服部氏を追放しました。武田氏支配時代は青柳氏が麻績城に入り麻績氏と名乗りこの地方を治めました。天正十年(1582年)に武田氏が滅ぶと織田氏に付き、同年に織田信長が本能寺の変で倒れると上杉景勝と徳川方として再び松本に入った小笠原貞慶が争いますが、小笠原氏がこの地を支配しました。

  

近くの城・関連の城:青柳城