信濃/ 仁科森城



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@ もりじょう 
  別名  仁科城

A住所:大町市森 
B目標地点:木崎湖湖畔仁科神社
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:堀・説明板
G時代/人物: 戦国期/仁科氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2003年05月

  

道案内   

大町方面より国道148号線にて進みます。木崎湖手前の木崎の信号で右手旧道に入り木崎湖入口の信号で左折して湖沿いに進みます。
 
訪城備忘録

木崎湖湖畔に城跡はありますが、宅地化されたりして縄張りとしては判別しにくい感じです。現地の復原図を見ていても現状との照らし合わせができかねる感じでした。主郭である仁科神社前の道路は堀切と判る形状を残します。主郭の反対側には堀が木崎湖より水を引き入れています。主郭西側は湿地帯でこれも城の防御の名残があります。

歴史

築城年代は不明です。仁科氏は古代氏族阿部氏の関係があるとされ、平安期には何らかの施設があったと考えられるとの事です。天文期に仁科氏家臣が上杉謙信に同心し武田氏に反旗を翻したことにより、当主の仁科盛政は甲斐にて殺されて500年続いた仁科氏は滅びます。しかしながら、武田信玄はこの地方の人心を掌握するために五男の晴清に仁科五郎盛信と名乗らせ仁科家を継がせ森城を改修しました。仁科五郎盛信は天正十年(1582年)に高遠城にて織田信長軍の信忠に攻められ討死しました。この後は松本を回復した小笠原貞慶がこの城に兵を入れ上杉景勝に備えたという記録があるようです。

  

近くの城・関連の城:天正寺仁科氏居館