東三河/ 木和田古城



ファイルNo0789

                         城跡   

@ きわだこじょう 
  別名  木和田古屋敷

A住所:新城市作手木和田
    旧:南設楽郡作手村木和田

B目標地点:     
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:田畑・廃寺跡

F遺構等:郭
G時代/人物: 戦国期/涯田氏〜桜井氏
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2005年04月

  

道案内 

東名高速豊川インタから国道151号線を新城方面に北上し、新城市内の杉山北の信号で左折し国道301号線を作手へ向かいます。作手中心地を過ぎ、田原の信号で国道301号線は左折ですが、そのまま直進し県道35号線をすすみます。田原の信号から約4Km先の菅守小を過ぎてすぐ県道は左カーブをして菅沼川を渡りますが、橋を渡らず直進し道なりに2Kmほど山道を進みます。視界が開けたところが木和田集落です。
 
訪城備忘録
城跡の光林寺跡石垣

木和田集落には三通りで入れるようです。菅沼小学校のところからでも二通りあるようですが、木和田集落の北側へ入る道で行きました。(もうひとつは木和田の真ん中の神社そばにでるようです) 集落の北側には民家が三軒ありここで西側を通る道から東側を見たときに真ん中のお宅の後方の田んぼと寺跡周辺が城跡のようです。右側のお宅の門前から左手側へ進みますと石垣を伴う田んぼがあり、その後方の雑木林に光林寺跡の門前石垣があります。城郭遺構が残ってという雰囲気ではありませんが、この田んぼの段差や光林寺跡の削平地は城郭の郭跡のようです。

歴史

史料では城主を涯田(きわだ)三郎左衛門・桜井与右衛門とあります。涯田三郎左衛門は後に菅沼城主となるという記録もあり、諸説ある菅沼氏の出目のひとつで土岐氏系である涯田(木和田)三郎左衛門の子が菅沼氏の租という説があるようです。また、桜井与右衛門は作手奥平氏の家老とのことです。

木和田地区の風景
  

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