東三河/ 武節城



ファイルNo0161

長篠の戦いの後、武田勝頼が失意に一夜を過ごした城

          主郭背後の空堀  

@ ぶせつじょう 
  別名  地伏城

A住所:豊田市武節町
    旧:東加茂郡(北設楽郡)稲武町武節
 
B目標地点:道の駅いなぶ     
C形式:平山城  D比高:40m 
E現況:山林・神社

F遺構等:空堀・櫓台土塁・碑・説明板
G時代/人物: 戦国期/菅沼氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2002年3月・2023年05月

  

道案内  

前回訪城から21年ぶりという事になります。ページは更新してませんが、確か2003年06月に再訪はしています。それでも久しぶりの訪城であるのは変わりありません。 主郭周辺は昔と変わらないようですね。当然、城跡なんですから、山城が整備されるのとは違い劇的に変わることはないですけどね・・・。

国道153号線を旧:足助町から来ると左に道の駅「いなぶ」があり、過ぎるとトンネルになります。そのトンネル手前で左折し、道なりに山すそを進みます。途中より山へ登る道を進みます。トンネルの上が城跡です。駐車場が主郭、一段上がったところが櫓台、その先に明瞭な空堀があります。道の駅「いなぶ」には説明板があります。旧稲武町は元々東三河の北設楽郡でしたが、東加茂郡への編入を経て、現在は豊田市の一部です。
 
訪城備忘録

城跡は現在城山神社となっており、城址碑のある広場が主郭という事になり、城址碑の後方の大土塁は櫓台跡で、現在は神社が建ちます。主郭から東下へ二の郭、三の郭と段郭状に続きます。主郭・櫓台の南後方の空堀が深く良く残っています。現在は墓地になっていたりしますが、主要部郭以外の郭の配置もよく残っていると言えるのかもしれません。道の駅いなぶの北側に「姫井戸」という井戸があります。この井戸は城跡によくある逸話で「落城時に姫が入水した井戸」と言われます。

主郭説明板
歴史

永正年間に田峯の菅沼定信が田峯城の支城として築きました。元亀二年の武田氏の三河進攻後は武田方の属し、天正三年(1575年)の長篠の戦いとなります。長篠の戦いで大敗した武田勝頼は武節城で一夜を過ごし、梅酢湯を飲んだと言う逸話が残ります。その後、佐久間信盛・奥平親子(貞能・信昌)が武節城を落とし、奥平貞能が入ります。天正十八年(1590年)の家康の関東移封の時、廃城になりました。<現地案内板より>

主郭 
二の丸
空堀
空堀
姫井戸
現地説明板より
  
城址碑と後ろ櫓台土塁      郭跡

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