尾張 羽黒城



ファイルNo0584

                 城址碑

@ はぐろじょう 
  別名  −−−−−

A住所: 犬山市羽黒
B目標地点:興禅寺
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:寺・雑木林

F遺構等:堀・土塁・碑・説明板
G時代/人物:鎌倉期〜戦国期/梶原氏〜豊臣氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  寺駐車場から5分


J撮影・訪問時期:2003年07月・2006年03月

  

【道案内】

小牧インターから来ると国道41号線で犬山方面に進み、犬山市に入るとすぐ陸橋となり、その側道に入ります。陸橋下の五郎丸の信号を右折します。(左折すると犬山城方面) 県道27号線を進み、右折してから3Km先の羽黒の信号で右折し200m先の興禅寺を目指します。興禅寺の東側に雑木林があり、その高台に城址碑があります。



【現況・訪城記録】

古墳を利用した城のようです。城址碑のある所は周りより高くなっており、周囲に堀と思われる窪地が認められます。興禅寺の山門には梶原景時との関わりについて刻まれた石碑があります。寺の裏手には土塁がありますが、これは城の遺構ではなさそうです。



【歴史】

鎌倉幕府の武将 梶原景時の孫の梶原景親が館を築き代々居住しました。十七代の景義は織田信長に仕え羽黒三千石を領しましたが、天正十年(1582年)の本能寺の変で討ち死にし城は廃城になりました。天正十二年(1584年)の小牧長久手の戦いの際、豊臣秀吉はここを修復し砦としました。 山内一豊らが守備したようです。<現地案内板より>


  
興禅寺裏手の土塁
(この写真の後方が城跡)
  
城跡遠景
  
  

近くの城・関連の城:

          

興禅寺山門       *
興禅寺裏手