尾張の城027  

                                                                               

小田井城(おたい)  0508
城址碑

A清須市西枇杷島町小田井2丁目
 旧:西春日井郡西枇杷島町
B名鉄線東側の公園
名古屋市内中心から国道22号線で一宮インタに向かい、新名西橋で庄内川を渡り、200m先の古城の信号で右折します。200m先の路地を右折し、300m先の名鉄線を越えた先の公園が城跡です。遺構は無いようです。城址碑がふたつ建っています。

C平城
F遺構等:碑
G戦国期/織田氏 
H満足度:凸
尾張下四群を守護代として支配した清洲城主織田敏定が築いたとされます。築城時期は定かではないですが、敏定の没年が明応四年(1495年)ですので、応仁の乱前後の築城のようです。丹波守久孝(常寛)―寛故―寛維(ひろつな)―信張―信時―信氏と続き、織田(津田)忠辰の代、小牧長久手の戦い頃に豊臣秀吉によって廃城になったと伝わります。

J訪城:2002/07
  
宇田津砦  0628
城址碑
A小牧市北外山〜東3丁目
B工場敷地
名古屋市内から国道41号線で来ると、花塚橋南の信号で右折し県道25号線に入ります。2.1km先で名鉄小牧線を越え、1.5km先の不発橋を越えた左側の「住〇理工」(旧:東○ゴム工業)の工場の中に城址碑があります。工場の総務に予約すれば中に入れていただけます。

C平城
F遺構等:石碑
G戦国期/松平氏 
H満足度:凸
天正十二年(1584年)の小牧長久手の戦いの際の織田・徳川連合軍の砦で、守将は松下(大給)親乗・松平(桜井)忠頼と伝わります。北の豊臣方の砦である、二重堀砦に対峙しました。

J訪城:2002/07
   
吉田城  0512 
城址碑
A春日井市下条町3丁目
B下条公園
東名高速道の春日井インタを下り、国道19号線を名古屋市内の向かいます。3.5km先の瑞穂通5丁目の信号で左折し県道25号線に入ります。3.5km先、下条町の信号を越えた先で右折し、700m先左手の小公園に城址碑があります。

C平城
F遺構等:碑 
G戦国期/小坂氏 
H満足度:凸
清洲城の織田敏定の家臣で小坂孫四郎の居城とされます。小坂孫四郎は元々但馬の人で山名氏に従っていましたが、この後、前野氏との関係で織田敏定に従ったようです。天正12年(1584年)の小牧長久手の戦いで秀吉軍に焼かれ廃城となったようです。

J訪城:2003/12