西三河/ 土呂城 
土呂寺内町(環濠集落)



ファイルNo1410

三河一向一揆の環濠集落、後に石川氏の居城

                       城址碑と城跡全景     

@ とろじょう 
  別名 

A住所:岡崎市福岡町 御堂山 御坊山
B目標地点: 
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:宅地・寺 

F遺構等: 碑
G時代/人物:戦国期/石川氏
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:2006年05月

  
城址碑

【道案内】 

国道23号線の西尾東のインタで下りて、県道43号線を岡崎市内方面に進み3Km先の信号で県道43号線は右折となり、500m先の中島橋西の信号で左折と進みます。(あるいは国道23号線旧道の駒場町の信号で県道42号線に曲がり岡崎市方面に進みます。3Km先の信号で左折し中島橋を渡り、中島橋西の信号で右折します。)信号から1.6Km先で新幹線を越え、さらに、1.6Km先の県道78号線との交差点の高須北の信号を直進します。そこから約700m先の左手道沿いに土呂城址碑が立っています。土呂八幡宮には高須北の信号から約600m先を郵便局の信号で路地に右折し300m先です。 <豊橋方面からだと幸田町から国道248号線経由県道78号線で来た方が行きやすいです。岡崎市内からはJR岡崎駅を目指し、その西側の県道43号線を南下します。>  



【現況・訪城記録】

県道沿いになにかあっけない感じで城址碑が立っていました。後方の御堂山と呼ばれる所(現:御堂山教会)が土呂城だったようです。 県道から見ると今は高台という感じです。 本宗寺を中心とした土呂寺内町ですが、その本宗寺は現在の土呂八幡宮辺りのようです。八幡宮入口に本宗寺跡の碑が立っています。現在の本宗寺は福岡小学校の北側、浄専寺の県道372号線を挟んで反対側にあります。本宗寺には石川数正の墓もあります。(土呂八幡宮の200m南側) 土呂八幡宮の本殿前は窪地になっています。もしかしたら堀跡かな?


【歴史】

<土呂寺内町> 本宗寺を中心とした一向宗の町で周囲を堀・土塁が巡っていたようです。本宗寺は応仁年間(1467〜69年)に蓮如上人が土呂八幡宮の神明社の側に建てられたもので、永禄七年(1564年)の三河一向一揆の際に焼失、寺内町も破却されたと伝えられます。 土呂八幡宮は一向一揆の際に焼失したため、徳川家康よりの指示で石川数正が再建しました。
<土呂城> 三河一向一揆終息後に石川数正が築城したとされます。御堂山が本郭で、土呂八幡宮の北側の御坊山が二の丸と伝えられます。 <現地案内板より>


  
土呂八幡宮社殿
  
土呂御坊(本宗寺)跡の碑
     
  

近くの城・関連の城:

          

土呂八幡宮境内