西三河/ 重原陣屋



ファイルNo0312

明治維新後、新城の計画もあった藩

                            石碑

@ しげはらじんや 
  別名  −−−−−

A住所: 刈谷市重原本町 
B目標地点:浄福寺
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:寺・宅地

F遺構等:石碑・説明板・移築門
G時代/人物: 江戸期/板倉氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  1分

J撮影・訪問時期:
2003年04月・2016年05月

  

道案内 

国道23号線の野田インタで下り、松栄町東の信号で県道48号線に入り、刈谷駅方面に向かいます。県道は半城土町の信号で右折になります。右折してすぐ猿渡川を三又橋で渡り、2つ目の信号で右折します。東海道本線の陸橋を越えてすぐの路地に右折し300m先左側に石碑があります。
 
訪城コメント

陣屋跡は石碑と説明板のみです。願行寺に重原陣屋の正門が移築されています。

福島藩板倉氏は幕末に奥羽列藩同盟に参加し、その罪を問われ、明治二年(1869年)に2千石減封され、2万8千石で重原で重原藩を立藩し、現在の安城市美薗町に新城の建設を開始しましたが、明治四年(1871年)の廃藩置県で廃藩となり中止されました。(壺田山城<二本木城>)
移築門(願行寺)
歴史

福島藩の飛び地管理のための陣屋です。寛永四年(1792年)から明治維新まで存続しました。


壺田山城(二本木城)
  
   安城市美薗町2丁目(二本木幼稚園)
  二本木幼稚園の西隣の畑で、道からは幼稚園の建物で隠れた場所(畑の片隅、幼稚園のフェンス横)に建って
  る石碑です。
  

近くの城・関連の城:重原城・半城土城・野田城・刈谷城