西三河/ 伊保城



ファイルNo0307

        主郭土塁(左側)

@ いぼじょう 
  別名  御山前城

A住所: 豊田市保見町御山前 
B目標地点:豊田教職員会館・
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:畑地・宅地

F遺構等:堀・土塁・石垣
G時代/人物:江戸期/丹羽氏〜本多氏
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2002年10月・2005年03月

  
土塁と堀?

【道案内】  

豊田市内中心部の国道153号線と国道155号線の交差点「神田町1」の信号から国道155号線を北上して進むか、東名高速三好インターより県道54号線で北上し、「大井橋東」の信号で国道155号線と合流します。国道155号線の「大井橋東」の南寄りの次の信号「保見町塚原」で県道58号線に入りすぐ左折して了喜院ー和徳寺の前を過ぎ豊田市教職員会館の手前で路地に右折します。<路地は車は入れない細い道です>(または、県道58号を保見駅方面に行き、伊保小手前で左折し、保見中手前で左に回り込む感じで進み、保見町会館を過ぎて左折し、教職員会館を過ぎて路地に左折します。)教職員会館の東側・保見町会館の南側崖下が城跡です。



【訪城備忘録】

夕方の訪問で石垣がどこにあるのかわからなかったです。(石垣は路地のさらに南側の段差のところにあるようです) 宅地の路地の先、保見町会館の崖下にL字の土塁は確認できました
*2005年3月に再訪しました。石垣は南側の段差下の祠がありその周囲が石垣が続いていました。これが遺構ではないかと思います。


【歴史】

慶長五年(1600年) 日進岩崎城の丹羽右近大夫勘助氏次が1万石にて入封し、この城(陣屋)を築きました。丹羽氏はに美濃岩村城に転封となり、代官支配を経て、元和元年(1615)に本多忠清が入封します。延亭四年(1747年)に本多氏が転封されると 再び代官支配となりました。

  
  
土塁の上より
  
石垣遺構?
  
  

近くの城・関連の城:伊保西古城・伊保東古城・伊保古城・御船城・東広瀬城