西三河 秦梨城



ファイルNo0298


                          堀切  

@ はたなしじょう 
  別名  −−−−−

A住所: 岡崎市秦梨町神谷 
B目標地点:福正寺の県道挟んで反対側の尾根
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:堀切・土塁・石碑
G時代/人物: 鎌倉期〜/栗生氏
H満足度:
凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分


J撮影・訪問時期:2003年09月

  

道案内 

東名高速岡崎インターより国道1号線で音羽・豊橋方面へ向かいます。インターより1km先乙川の太平橋手前の太平橋北の信号で左折し、次の太平支所南の信号で右折して県道35号線に入ります。県道35号線を3Kmほど進み、県道324号線との交差点「茅原沢町」の信号を越えます。県道35号線をさらに3Kmほど進み、県道が乙川に沿って大きく右にカーブする手前の右側小道角に城跡案内標柱が建っています。ここより200mほど入った左に城跡への道があります。
 
訪城備忘録
城址碑

城は尾根先端を削り込んで作られたもののようで、尾根側は堀切にて遮断されています。この堀切は明瞭に残っています。 

堀切
歴史

栗生氏は喜元年間(1302年〜)に三河守護足利氏に従い秦梨に入り、その後今川氏に従い、永禄四年(1561年)に今川氏より自立した松平元康(徳川家康)に敗れ、永信・信盛親子は駿河に去ったとの事です。秦梨城は最後の当主栗生長蔵信盛の居館のようです。 (資料より)

  

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