西三河/ 三河下山大沼城



ファイルNo0260

戦国足助七城のひとつ

                            主郭後方堀切

@ おおぬまじょう 
  別名  −−−−−

A住所:豊田市大沼町
    旧:東加茂郡下山村東大沼八沢

B目標地点:洞樹院     
C形式:山城  D比高:30m 
E現況:山林

F遺構等:堀切・土塁・説明板
G時代/人物: 戦国期/木村氏〜松平氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2002年06月

  
土塁

【道案内】 

豊田市内中心部より国道301号線で旧下山村に向かうと、根崎の信号で県道77号線に入り、支所(旧下山村役場)前を直進して、次の信号を左折します。(東大沼の信号の手前の信号)すぐに左側に洞樹院があり、その向かいに説明板があります。その右側より尾根先端に向かって登ります。




【現況・訪城記録】

説明板のある小道奥は居館跡であったようです。登り始めてすぐに削平地にでます。雑木林を抜けてもう一段登ると主郭下の帯郭に出ます。これの左手端(北側)に明瞭な半円の土塁があります。ここを通って主郭に入るものです。この上が主郭です。主郭には土塁も無く印象は薄いです。主郭後ろの郭とを隔てる堀切と土橋、これがこの城では見所でしょうか。主郭東下の切岸は今も明瞭です。この堀切よりさらに登ると見張台的な郭があります。

【歴史】

文明年間(1469〜87年・戦国初期)に木村東見入道安信が築いたとのです。元亀二年(1571年)あるいは天正二年(1574年)に二代信基は武田氏の三河侵攻時攻撃を受け討死し、木村氏は滅びます。天正三年(1575年)信基の養子という形で大給松平乗元の次男親清が城主となります。天正十一年(1583年)近正が継ぎ、徳川家康に従います。天正十八年(1590年)の家康の関東移封に従い、上州三ノ倉に移り、大沼城は廃城になります。<現地案内板より>

  
主郭下切岸
  
  

近くの城・関連の城: 田代城・代官屋敷・真弓山城

          

現地案内板より