西三河/ 浅谷城



ファイルNo0244

足助の豪族の城としては考えにくい規模の大きな城  戦国足助七城のひとつ

                            東尾根端の堀切

@ あさがいじょう 
  別名  −−−−−
A住所:豊田市山谷町
     旧:東加茂郡足助町山ケ谷 
B目標地点:萬昌院     
C形式:山城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・竪堀・櫓台
G時代/人物: 戦国期/簗瀬氏
H満足度:
凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  東側の堀切下(カーブ)に駐車より10分

J撮影・訪問時期:2003年02月・2006年04月
             2016年05月

  
虎口にも見える堀切空間(主郭東側下)

【道案内】

豊田中心部より国道153号線で足助へ向かい、飯盛山を過ぎるとY字を右手の国道420号に入ります。右折してすぐに足助城(真弓山城)に行く道に左折し、山を登ります。足助城(真弓山城)入口を過ぎてさらに2Kmほど進みます。途中、最初の分岐の道は1.5Km地点で斜め右へ、さらにすぐ先で左折の道を進みます。2Kmほど進んだ地点<右手の山ケ谷待合所の小屋を過ぎた100m先、左手にカーブミラーと地蔵がある地点>で萬昌院へ下りる道が右側にありますのでそこを下ります。下りきると左側に高い石垣の上に民家があり、萬昌院と白山神社への右カーブのところからさらに直進しながらやや下ると左手側が城域の東端になります。城の谷を挟んで反対側(北側)斜面に白山神社があります。




【現況・訪城記録】
遺構が完存していると言えます。東尾根側の2本の堀切・主郭下の堀切は見所です。東尾根側に最初に明瞭な堀切があり、その西側の郭には堀切の土を掻き揚げた土塁があります。この郭を越えると主郭との間に二重堀切があります。堀切の真ん中に櫓台のような高まりを挟み、一本目の堀切は竪堀と連動し、二本目の堀切は高まりと絡んで虎口のように見えます。主郭の西下堀切は巨岩を伴い威圧感すら感じます。また、主郭北側下には段郭が続き堀切が一条明瞭です。さらに段郭の東側<尾根の東側堀切の真下>には居館跡と思われる広い郭があります。

2016年05月、久々に寄ってみました。案内板の設置、間伐などの整備がなされていましたが、前日までの雨のため斜面がズルズルで麓から堀切を眺めました。


【歴史】
史料には簗瀬九郎左衛門の城とあり、元亀二年(1571年)武田氏の攻撃にて落城とあるようです。 足助鈴木氏同様、徳川氏に従っていたようですが、城はとても土豪の城の規模ではなく、改修がされているのは明白ですが、城の改修が徳川氏によるものかは史料が無いようです。

  
主郭下連続堀切の東側(南側より見る)
  
主郭
     
  
主郭東側堀切@
主郭西側堀切A

近くの城・関連の城:真弓山城

            

主郭西下堀切              北側段郭堀切
     段郭切岸              居館跡より主郭方面   
尾根東端堀切            東側郭土塁
主郭東側下堀切(北側より見る)
居館跡のような広い平坦地           城跡遠景(左側)
堀切@
堀切A
城跡への下り道                  堀切@の左手尾根と竪堀