伊勢 曽井城



ファイルNo4094


              神社裏山斜面              

@ そいじょう 
  別名  

A住所:四日市市曽井町
B目標地点:保曽井神社
C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭?・堀切?・説明板・標識
G時代/人物:平安期/曽井氏
H満足度:
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2024年11月

  

道案内 ←保曽井神社    ←和泉式部化粧の水

東名阪自動車道の四日市インタを下り、四日市インター入口の信号を左折し国道477号線に入ります。約400m先の高角町西の信号を左折します。橋を渡ってジャンクションのようなループを南方向の道に入ります。約1.6km先の神前南の信号で左折します。約200m先、神前小手前の信号で右折します。約800m先の左手が和泉式部化粧の水です。(曽井集落の南側中央くらいの位置です。) 神前南の信号を左折し約500m先の信号を右折し、約600m先左手が保曽井神社です。(曽井集落の北側裏手という位置です。)
 
訪城備忘録

地元では保曽井神社の裏手丘が城跡とされるようです。神社に説明板と道沿いに城跡の標識があります。この丘の城は詰め城のようです。 ただ、説明板から先は立入禁止になっているため、丘の上までは行けませんでした。居館は曽根の集落内にあったようで、集落内に「和泉式部化粧の水」という泉が沸いています。今でもすごい水量で沸いていて、飲料もできる水質のようです。 和泉式部は鼻のそばに黒い痣(あざ・ほくろ)があって悩んでいたこのが、この泉の水で痣が消えたという言い伝えがあるようです。お城には関係ないですが、この泉近くが居館跡と思われ、集落内の道は直進の道が少なく、観音寺周辺は周回する道があって、城の名残だろうか?

保曽井神社そばの標識
歴史

文治年間(1185〜90年)に志村右衛門尉曽(曽井入道)が居城としたと伝わります。

保曽井神社の城跡説明板    和泉式部化粧の水   
保曽井神社      曽井のそり橋
  
保曽井神社の裏手斜面
和泉式部化粧の水

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