伊勢 須賀城



ファイルNo3628


               大土塁             

@ すかじょう 
  別名 

A住所:松阪市嬉野須賀町
    旧:一志郡嬉野町

B目標地点:積善寺(しゃくぜんじ)
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:寺・宅地・畑地

F遺構等:郭・土塁
G時代/人物:室町期/佐波氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2020年01月

  

道案内 

伊勢自動車道の一志嬉野インタを下りて、料金所から左折し県道67号線に入ります。2.4Km先の島田橋を渡った島田橋南の信号で左折し県道30号線に入ります。約5.3km先で近鉄を越えます。そこから約1.2km先、新屋庄清水の信号を右折します。約400m先を右折、約100m先を左折(右折・左折というより道なりという感じでくの字で進みます)、約800m先の信号を右折しします。右前が積善寺です。右折して約100m先を斜め左に入り、約100m先を左折すると積善寺山門で右手に大土塁があります。
 
訪城備忘録

積善寺山門前に高さ3mくらいの大土塁が50mほど残ってます。東側に低土塁が10mほど残ってました。この大土塁には驚かされる大きさです。主郭の範囲は積善寺周囲のふたつの土塁の範囲内のようですが、その外側の遺構として、集落の北側に土塁と用水路になっている堀跡、集落西側には土塁痕が残る小郭が複数あるようです。

積善寺
歴史

築城者、築城時期は定かではないようです。ただ、この地は古くから流通の重要地だったようで、須可庄の名が平安末期の史料にあるようです。応仁二年(1468年)、政権争いで足利義視が伊勢に逃れた際、北畠氏に庇護され、積善寺で接待を受けたという記録があるようです。この時の佐波近江守とされます。天正十二年(1584年)以降、蒲生氏郷が松阪を領した時期は坂源左衛門尉が居城したとされます。

もうひとつの低い土塁     大土塁の上
大土塁全景
  

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