伊賀/ 吉原氏城



ファイルNo1836


                          主郭土塁  

@ よしはらしじょう 
  別名 

A住所:名張市布生〜神屋吉原
B目標地点:薬師寺・吉原口バス停
C形式:丘城  D比高:60m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・堀切・土塁・説明板
G時代/人物:室町期/吉原氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  説明板から10分

J撮影・訪問時期:2008年03月

  

道案内  

国道165号線の名張市役所前から奈良に向かって800m先、名張川(新夏見橋)の手前の夏見の信号で左折し県道691号線に入ります。200m先で右折し、夏見橋を渡り県道81号線に入ります。2.5km先、青蓮寺湖沿いを進み、弁天橋の信号で直進し県道694号線に入ります。3.2km先、吉原口のバス停前で右折します。左前方の丘陵が城跡です。川を渡って200m先、右手が薬師寺で、左手に駐車場があり、ここに説明板があります。  
訪城備忘録

説明板の場所から少し行くと、鉄板の橋があり、ここを渡ると墓地です。左手に進み、ちょうど説明板の対岸位置で山に入ります。すぐに道らしいものは消え、谷筋を尾根まで登っても行けそうですが、私は、右手の斜面を直登しました。途中、ネットが張ってありますので注意ください。尾根に登ると右手が主郭です。土塁が三方あり、東には空堀も確認できます。東側には不明瞭でしたが土橋を渡る虎口があります。西側も堀なんでしょうが帯郭にも見えます。西側斜面には二段ほど郭が確認できます。主郭から北側へ尾根を行くとピークがあり、お墓がポツンとありました。往時は見張り台のようです。この見張り台の北側斜面も切り込んだ段郭が数段見えるのですが、林業用のものかもしれません。城には前述の方法で行きましたが、丘陵の裏側(主郭の東側)に民家があり、民家の左手からの道があるようです。

主郭内
歴史

伝承では天仁元年(1108年)に吉原至行が築いたとされます。室町期の吉原氏は北畠氏の家臣であり、天正五年(1577年)には吉原左京亮が北畠家再興を図る北畠具親(北畠具教の弟)に対し、東門院から還俗した具親をこの城に逗留、北畠具親城の築城など支援したとされます。天正九年(1581年)の天正伊賀の乱では、吉原城主吉原次郎を討ち取ったと「信長公記」にあるようです。

主郭外側の堀と土塁              見張り台?の北側斜面
  
城跡説明板(後方城跡)                バス停から城跡遠望

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