伊勢/ 八田城



ファイルNo1712


                           主郭土塁 

@ はったじょう 
  別名 

A住所:松阪市嬉野八田町
     旧:一志郡嬉野町

B目標地点:
C形式:平山城  D比高:30m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・井戸・碑・説明板
G時代/人物:鎌倉期/三浦氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  城址碑から10分

J撮影・訪問時期:2007年05月・2013年08月

  

道案内  

伊勢自動車道の一志嬉野インタを下りて、料金所から左折し県道67号線に入ります。2.4Km先の島田橋を渡った島田橋南の信号を直進します。(左右は県道30号線です。)信号から400m先の田んぼの中の道を右折した先が城跡入口です。

訪城備忘録

阿坂城へ行く前のウオーミングアップのつもりで寄りましたが、なかなか遺構の残存状態もよく、地元の方の手作り整備も行き届いていて気持ちのいい城跡でした。城址碑・説明板のところから登ります。正面尾根上が主郭ですが、左から回り込むようにして登ります。途中、明瞭な井戸跡、その横に竪堀、その上には主郭を守る深い堀切(横堀)、高い見張り台の土塁と虎口などがあり、主郭はほぼ四方を土塁が巡ります。小規模ながら完存してるという感じです。

空堀
歴史

鎌倉期に相模国から移住した三浦五郎左衛門尉盛時が築城したと伝えられます。その後、子孫は大多和氏を名乗り北畠氏の家臣となっています。永禄十二年(1569年)の織田信長の伊勢侵略の際、木下藤吉郎(豊臣)秀吉に攻められるも、その時の城主の大多和監物は籠城しました。しかし、北畠具教は織田信長と和睦したため、城を開城し、帰農して性を三浦氏に戻しました。

虎口                井戸
  城跡遠景              城址碑と説明板  
  
現地案内板より                      主郭

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