伊賀/ 壬生野城
+川東丸山城



ファイルNo1129

                    主郭土塁と石落としの窪み(外側から)

@ みぶのじょう+かわひがしまるやまじょう 
  別名 清水城 

A住所:伊賀市川東
    旧:伊賀郡伊賀町

B目標地点:春日神社
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況:林

F遺構等:郭・土塁・堀・標識
G時代/人物:室町期/清水氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分
J撮影・訪問時期:2004年06月・2018年10月
          2020年09月

  

道案内  

名阪国道(国道25号線)の壬生野インターを下り、県道146号線を南下します。あるいは、御代インターを下り、県道2号線を南下します。御代インターから約1km、壬生野インターから約1.4km先の川東の信号で、これを東に入ります。 県道を道なりに500m先に「壬生野城跡・春日神社」の標識があり左折します。200m先に再度標識があり右折します。100m先で左折し100mほどで登城口です、ここにも標識があります。

訪城備忘録

最近、この周辺は標識を含め整備されたようです。登城口からやや右手へ進み坂を上ると水田、正面の茂みが城跡です。水田も往時は城域だったでしょうね。水田沿いを奥に進むと最後の標識はあり右折します。右手に空堀越しに主郭の土塁があり、二か所ほど大きく窪んでします。これは石落としの設備と言われます。50mほど進んで右折すると虎口ですが虎口手前左手にも空堀が残ります。虎口は高い土塁で作られ右手は櫓台でしょうか。虎口を入ると50m四方の主郭です。周囲を土塁が巡ります。一度は整備されたようですがすでに草が延びていましたが、以前より見やすくなってました。

近くに川東丸山城がありますが、藪がきつくて撤退しました。

入口の標識
歴史

室町期、伊賀の土豪の清水岩城守の城と言われます。天正九年(1581年)の第二次天正伊賀の乱の際に川東地区などの地侍が集結して拠点となり、12評定衆のひとりの中林助左衛門が大将に抗戦しますが、織田方(滝川一益)に攻められ落城しました。

虎口を主郭内から      虎口そばから土塁と堀
城跡前光景(左手城跡)
城跡遠望
春日神社にある川東城館分布地図(■が城館)
土塁と石落とし     主郭土塁
土塁と石落としの窪み
虎口横空堀
虎口
主郭内土塁
石落としを内側から
石落としを内側から
石落としを内側から
石落としを内側から
主郭全景
主郭内土塁
2004年当時
川東丸山城  
川東丸山城

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