伊勢/ 松坂城



ファイルNo1109

主要部の石垣が美しい城

                            裏門側

@ まつさかじょう 
  別名 松阪城 

A住所:松阪市殿町
B目標地点:
C形式:平山城  D比高:20m 
E現況:山林

F遺構等:石垣・天守台・御城番屋敷・説明板
G時代/人物:戦国期/蒲生氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2000年07月・2014年01月

  

道案内 ←市営駐車場

伊勢自動車道松阪インタを下り、県道59号線に入り道なりに約6km先、松阪市民文化会館南の信号を直進(県道は左折)、500m先の五曲橋西詰の信号を左折し県道757号線に入ります。700m先の新松阪大橋北詰の信号を右折し、100mの橋を渡って新松阪大橋南詰の信号で左折、道なりに300m進んだ右手に市営駐車場があります。(松阪市民病院の前)
 
訪城備忘録

近江日野の蒲生氏郷が天正一二年(1594年)にこの地に入り、松ケ島城に入った後に築城した総石垣の城です。氏郷は織田信長の娘婿、場合によっては秀吉ではなく、天下を取れたかもしれない資質を持った武将ともされました。この城は義父の信長の安土城を意識した城かもしれません。石垣は野面積みではありますが、隅石垣は切り込みハギ、算木積みになっていて、本丸、二の丸、きたい丸などの主要部を取り囲む石垣は10mほどある高石垣になってます。 裏門(搦め手)側には江戸期紀州藩の管理であった松坂城に詰める御城番の長屋が残されています。また、200m離れた松坂市役所前に大手門の説明板がありました。

本丸上段(2000年)
歴史

天正十六年(1588年)、蒲生氏郷が築き、松ケ島城から移りました。天正十八年(1590年)に氏郷が会津に転封となり、代わって服部一忠が入封、文禄四年(1595年)、一忠は秀次事件に連座して自刀、代わって、古田重勝が3万4千石で入封しました。元和五年(1619年)に古田氏が石見の浜田城に転封した後は紀州徳川家の領地となり、明治維新まで続きました。

きたい丸西側下石垣         きたい丸北側下石垣
現地案内板より
  
助左衛門御門周辺石垣         本丸下段から金ノ間櫓への石段
   中御門           本丸上段への虎口
天守台           本丸上段
  土戸御門から中御門への石段     きたい丸石垣を南から西面をみる
御城番屋敷

近くの城・関連の城:松ケ島城・近江日野城