伊勢/ 国府城



ファイルNo1076

                           堀跡 

@ こうじょう 
  別名 

A住所:鈴鹿市国府町 
B目標地点:国府小 近く 
C形式:平山城  D比高:10m 
E現況:雑木林・田畑 

F遺構等:堀・土塁?・碑・説明板 
G時代/人物:南北朝期/関氏=国府氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  国府小学校より徒歩5分

J撮影・訪問時期:2004年06月

  
城址碑

【道案内】 

東名阪自動車道鈴鹿インタを下り、左折し県道27号線を進みます。3Km先の三畑町で道は二股になり、県道27号線は左手で、右手の道「鈴鹿サーキット方面」に進みます。途中から県道637号線になります。二股から3Km先の汲川原町の高架で国道1号線を越えます。その先で汲川原橋で鈴鹿川を越えます。渡った先の信号で右折し県道54号線に入ります。(標識には直進方面が国府町となっていますが右折して行きます。)右折してすぐの二股は左手の旧道に入り、途中、県道はクランク状に進みます。県道を54号線を2Kmほど進むと国府のバス停付近で右折します。100m先右手が国府小学校で、さらに150mほど進み、路地を右折します。150m先の台地の先端部が城跡です。



【訪城備忘録】

台地先端部にすごい藪状態ですが城址碑のところから東側に土塁と堀が残ります。また、西側に現在は畑になっていますが幅のある堀跡の窪みが残っていました。



【歴史】

正平二十二年(1367年/貞治六年(北朝))に関実治(盛政)の次男の盛門が築城し国府氏を名乗りました。八代目、盛種の時、天正八年(1580年)に織田信長に攻められ、織田氏に従いましたが、天正十一年(1583年)には織田信孝に付いたため秀吉方の蒲生氏郷に攻められ落城し廃城となりました。<現地案内板より>


  
    
  
    

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