伊勢/ 金井城



ファイルNo0025


                            主郭内土塁と碑

@ かないじょう 
  別名 北金井城

A住所:いなべ市員弁町北金井亀谷
    旧:員弁郡員弁町 

B目標地点: 円頓寺・西宮稲荷
C形式:丘城  D比高:10m 
E現況: 
雑木林
F遺構等:空堀・土塁・土橋・石碑・説明板 
G時代/人物:戦国期/種村氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  5分

J撮影・訪問時期:2003年11月・2016年12月

  
虎口

【道案内】  

国道412号線信号「大泉新田」と県道14号線信号「鳥取」を結ぶ道の途中、信号「大泉」を三岐鉄道大泉駅側に曲がります。踏み切りを超えしばらく走ると田んぼの中にある(西方集落手前・県道9号起点)信号を右折、500mほど進むと道は河川丘陵を下りだしますが、その手前で右折、200m左に「円頓寺」があり、この寺を越えてすぐ左折、200mほどでさらに左折すると左手前方のほうに案内板・城跡が見えます。

(先の道を下ってしまったら、降りたすぐに「西宮稲荷」があり、道沿いそこから50m先に切通しのような細い道があり、徒歩でそこに入りすぐ左側に直登(10m)しますと (右側は「西宮稲荷」)主郭の奥<主郭先端の土塁>に出ます。) 



【訪城備忘録】

案内板のある方から入りますと両サイドにまずは大きな空堀に土橋があります。残念ながら土橋は天面がコンクリートで補強してあります。それを渡ると平虎口ですが、なかなk両サイドの土塁が高くてりっぱです。主郭は四方を高い土塁が巡り、城内は100*60mほどでかなり大きいです。 平虎口から入って右手の土塁(西側)を進むと、もうひとつ土塁が解放された箇所がありますが、虎口なのか?外側は斜面でした。東側外側、空堀越しに張出郭のような箇所もあり、周囲に堀があるように見えます。 この周辺の城館としては規模があり、遺構も明瞭です。なお、この地方の梅戸城・田光城なども含め城主は近江佐々木氏一族です。
  
空堀

【歴史】

大永二年(1505年)に種村大蔵大夫高盛によって築かれたとされます。高盛は江州佐々木氏六角氏頼の末孫で江州神崎郡種村郷の居住したもので種村氏と称したとされます。永禄十一年(1568年)、織田信長侵攻時に抗戦しましたが降伏し信長の支配下となりました。高盛(永禄三年(1572年)88歳で没)の四男の種村弾正左衛門秀政の嫡男の種村千代次秀信が跡を継ぎますが、天正四年(1576年)、秀信は、滝川一益から心変わりしたものと疑われ、伊勢長島城に呼び寄せられ自決して果てました。残った家人は城を焼き皆離散したとされます。 (現地案内板より)


土橋を空堀から            もうひとつの虎口状
  
主郭虎口
土橋横空堀
主郭内土塁
入口説明板                 説明板からの風景

近くの城・関連の城:大木城