大和 小夫城



ファイルNo2285


                          主郭土塁  

@ おおぶじょう 
  別名 

A住所:桜井市小夫
B目標地点:天神社
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・竪堀・堀切・土塁
G時代/人物:室町期/小夫氏
H満足度: 凸△
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  県道から15分

J撮影・訪問時期:2009年10月

  

道案内 

名阪国道の針インタ−を下り、国道369号線との交差点の針インターの信号を直進します。600m先で左折し県道38号線に入り、長谷寺方面に向かいます。10km先、右手高台に小夫集落がある箇所、天神社の参道入口にこの周辺の案内板が立っています。左側の山が城址です。明確な登城道はない感じです。天神社参道前から200m先、右手に工場がある箇所で左折し100mほど登ったところの左側にコンクリート道が山に続いています。ここを500mほどあるくと切通しというか堀切道のような箇所があり、ここの左手上へ直登すると城址です。または、県道の参道前の小さな橋を渡り、うっすらと山道が続いています。200mも行くと道が明確ではなくなります、正面やや右手方向に40mほど直登すると城址です。
 
訪城備忘録

天神社の案内板には「筑後入道居城跡」と記載されています。城は低い山の頂上ですが、山道らしいものが最初見つからずで、途中から直登してしまいました。城跡の主要部は主郭と二の郭で構成されますが、二の郭はすごい藪状態で足を踏み入れることができませんでした。主郭と二の郭の切れ目の北側斜面には大きな竪堀が残っています。主郭は砲台のような主郭とその下三方を帯郭が巡ります。帯郭の北東側には竪堀というより石落とし的な防御施設があるようですが、草薮状態でなんにも分からずでした。ただ、登ってくる際、この下の斜面はほぼ直角状態で、他の斜面よりきついのが分かります。その下は道があったようです。主郭は東側にコの字状の土塁が明瞭に残っていました。さらに、主郭帯郭の東側下には堀切というか堀状の箇所があります。遺構なのか山道の跡なのかわかりませんでした。

主郭背後の帯郭
歴史

大和の国人の小夫氏の居城とされ、応仁の乱後、小夫氏は十市氏に属し、文明十三年(1481年)に越智氏に攻められ落城、その後は越智氏に属しましたが、明応六年(1497年)には越智氏は筒井氏に破れ、小夫氏もいったんは没落したようです。永禄三年(1560年)頃には松永氏に従いましたが、永禄八年(1565年)に離反したため、松永氏に攻められ城は落城し、小夫氏も滅亡したようです。


主要部下の堀?                   主郭下の帯郭

  
   城址遠景                     現地類似案内板より

             近くの城・関連の城: