紀伊 紀伊・春日山城



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             主郭北側尾根の大堀切               

@ かすがやまじょう 
  別名 那賀郡打田町 

A住所:紀の川市中三谷
B目標地点:春日神社
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・土塁
G時代/人物:室町期/畠山氏・根来寺
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  直登約80mで20分

J撮影・訪問時期:2022年12月

  

道案内 

京奈和自動車道の紀の川インタを下り、インタ入口の信号を左折し県道62号線に入ります。約100m先の信号を左折し広域農道に入ります。約2.8km先の右手に春日神社の大きな看板があり、右折します。約200m先が春日神社です。神社本殿を正面に左手へ進みます。敷地の端で沢状を越えてすぐを右手斜面を直登します。比高で約70mで尾根先端に至ります。そこから北へ尾根を登っていくと主郭です。
 
訪城備忘録

この城は春日神社の西側にある大きな谷(巨大な切通に見えます)があり、右手は主城への斜面で、左手は出城の斜面です。

まずは主城へですが、神社西の沢を渡ってすぐ先の右手斜面を直登していきます。約比高40mくらいの中腹に唐突な感じで堀切がありますが、倒木で埋まってます。一応この筋は支尾根のラインになる感じです。ここから約比高で30mほどで尾根先端に至ります。尾根先端は小郭という感じですが、南西斜面下わりと規模がある郭があります。斜面端は堀切形状が残っています。尾根を北に登っていくと主郭に至ります。主郭東下に副郭がありますが削平度は甘いです。この副郭の東側尾根には段郭状が先端郭まで続きますが副郭の東下から先は薮と倒木が多くて進むのを断念しました。

主郭は尾根頂部になるわけですが狭い空間で主郭というより櫓台という感じです。主郭から北側尾根も二段の段郭のようには見えますが不鮮明です。主郭尾根の西側斜面下にも郭があるようですが、行きませんでした。主郭尾根の先にこの城最大の見どころであり大堀切があります。今までがやや不満足であったのが急にテンションがあがるような深さです。主郭尾根から堀底まで5mほどあるかな? なかなかきれいに残ってます。

麓の巨大な切通のような谷の反対側に独立丘のように東西方向に横たわる丘にも出城があります。郭は西端にあり、中心の丘の頂部は自然地形のままで、丘の東端からやや斜面を下ったところに浅いですが堀切がありました。

遺構の面白みはイマイチでしたが、大堀切は満足できました。

麓の春日神社
歴史

築城時期は定かではないようですが、史料には何度か城名が出てくるようです。観応元年(1350年)、守護の畠山国清の書状の中に現れるとのことです。 延文五年(1360年)、北朝方に従った国清が南朝方を攻めていたが、その際、根来衆三百名余が春日山城に在城していたものの、南朝方の恩地、牲川(にえがわ)勢に攻められ全滅したとされます。 時代が下がって、応仁元年(1467年)、畠山政長が在陣したとされるようです。

東郭から主郭の切岸     出城の東端堀切
直登地点
  
中腹の堀切
尾根先端小郭      主郭への尾根斜面
尾根先端小郭の西斜面下郭と堀切
尾根先端郭の西斜面下郭と堀切(横から)
主郭北側
大堀切を上から
大堀切
大堀切から堅堀
大堀切
左手出城の斜面   麓の谷(巨大な堀のよう)  右手本城への斜面
出城の郭
出城東下
出城東端の堀切

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