播磨 葉多城



ファイルNo3969


              櫓台土塁              

@ はたじょう 
  別名 畑村城・畑村構居 

A住所:小野市葉多町
B目標地点:城山グランド
C形式:丘城  D比高:5m 
E現況:グランド・雑木林・宅地

F遺構等:郭・土塁・堀・碑
G時代/人物:室町期/櫛橋氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2023年09月

  
道案内 

山陽自動車道の三木小野インタを下り、 国道175号線を小野市方面に進みます。約8km先、浄谷町中の信号を左折し県道23号線(きらら通り)に入ります。<約900m右手が小野市役所です。> 浄谷町中の信号から約2.5km先の王子上溝の信号の約100m先を左折します。約900m先の左手上、台地端のグランドが城跡です。

訪城備忘録

グランドへの坂道を登り切ったところに城址碑があります。 主郭跡はグランドとなってます。奥側にやや高い土塁があり、赤い鳥居が何本かと頂部には稲荷神社の祠がありました。 その続きも土塁が延びていて開口部の先に空堀の一部と土塁がありましたが民家の敷地のため入りませんでした。 グランドの下に用水路がありますが、堀跡?違うかな。

城址碑
歴史

室町期に志方城の櫛橋氏の一族が築城したとされますが、詳細不明です。

櫓台土塁     土塁と堀
栗生城  3970
@ あおじょう  別名 (島村城?) A住所:小野市粟生町 B目標地点:等覚寺 
C形式:平城  D比高:ーーm E現況:田園  F遺構等:なし
G時代/人物:ーー期/粟生氏 H満足度:  I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:20分
J撮影・訪問時期:2023年09月

山陽自動車道の三木小野インタを下り、 国道175号線を小野市方面に進みます。約8km先、浄谷町中の信号を左折し県道23号線(きらら通り)に入ります。<約900m右手が小野市役所です。> 浄谷町中の信号から約4.5km先の粟生西の信号で左折します。約800m先の左手(七郷橋手前約200m)の田んぼが城域推定地です。田んぼの中に茂みがあり墓地になってます。遺構は無いです。

城史は不明で粟生氏の城と伝わります。

岡城 3971
主郭
@ おかじょう 
  別名 森城 岡構居 

A住所:小野市粟生町  
B目標地点:天満宮
C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:神社・山林

F遺構等:なし
G時代/人物:戦国期/丹生氏
H満足度:

I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分


J撮影・訪問時期:2023年09月

山陽自動車道の三木小野インタを下り、 国道175号線を小野市方面に進みます。約8km先、浄谷町中の信号を左折し県道23号線(きらら通り)に入ります。<約900m右手が小野市役所です。> 浄谷町中の信号から約4.5km先の粟生西の信号で左折します。約400m先の十字路を右折します。約400m先で集落手前で左折します。約400m先で斜め左に入ります。約50m先を斜め右手に行きますが、車はこの辺までで徒歩で向かいます。約200m先が天満宮の麓です。ここから丘の頂部まで登ったところが天満宮です。
頂部に天満宮があり、遺構らしきものは無さそうです。奥にも平坦地がありますが、郭跡かどうかもわかりません。

詳細は不明です。史料には、長享年間(1487〜89年)丹生太郎左衛門の居城とされるようで、金鑵城の中村氏の家臣であったようです。

土塁?     郭?
天満宮下
北条鉄道北条線    線路側から登り

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