道案内  |
山陽自動車道三木小野インタを下り、国道175号線を南下します。 約1.6km先のバイパスの側道を左手に降りて右折します。約300m先、東這田(ひがしげんだ)の信号を右折し県道20号線に入ります。約4.7km先、宗佐の信号で左折し県道84号線に入ります。約1.2km先、を左斜めに入り、約600m先、左手上が厄除八幡神社、右手前が神社駐車場です。 登城口は神社に入ってきた道を約400mほど戻ると立石で塀にされている大きなお宅があり、その先に斜め右に入る小径があって、そこの入り、入ってすぐの右、用水路に沿って山へ向かうと、裾野 に獣除けのネットがあり、これを越えて、まるで登り土塁のような支尾根を登って行くと城跡です。
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訪城備忘録 |
時期もあったとは思いますが相当に薮化してました。ただ、下草が多いというのではなく雑木林が管理されていないという感じの荒れ方です。山裾から支尾根を登って行くと最初の平坦地が主郭のようです。三方をわりと急な斜面になってます。東側に低い土塁状になってる感じです。背後東側は尾根となっているようで、ここに大きな空堀を隔てて副郭が南北にあり、その二つの副郭の東側にまた空堀があるという構造です。主郭と副郭の間の空堀は主郭の北側に廻り込んで斜面に落ちているという感じで、切岸は2m以上あります。北副郭はただの平坦地という感じで、その東側堀も浅いです。この空堀は南へ行くに従い深くなり、途中で折れが入ってクランク状に南に延びてます。南副郭は東の空堀沿いと南北側に低い土塁が巡ります。空堀は案外深くてしっかりしていたという印象です。
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厄除八幡神社
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詳細は不明のようですが、文明元年(1469年)、別所氏の家臣の野村氏が築城し、天文年間(1532〜55年)には落城したようです。その後、三木城攻め(天正六年(1578年)〜天正八年(1580年))の羽柴秀吉に従った宮部氏が入ったとも伝わるようです。
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