摂津 湯山御殿



ファイルNo3069


             野面積みの石垣と隅櫓跡               

@ ゆやまごてん 
  別名 太閤小城 

A住所:神戸市北区有馬町
B目標地点:太閤の湯殿舘・温泉寺
C形式:ー城  D比高:ーm 
E現況:観光施設

F遺構等:石垣・湯殿
G時代/人物:戦国期/豊臣氏
H満足度: 番外凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  ーー分

J撮影・訪問時期:2016年03月

  

道案内 

阪神高速道の有馬口インタを下り、左折し県道51号線を進みます。約2km先が神戸電鉄有馬線の有馬温泉駅です。車であればこの周辺で車を停めて、約700m先が太閤の湯殿舘です。(池の坊満月城の有料駐車場はもう少し中まで入れます。)
 
訪城備忘録

駅前付近から狭い道をゆるゆると歩いていきます。温泉旅館やおしゃれなカフェ、お店が並ぶ中を進みます。その中に「袂岩」、「太閤像」、「ねねの像」、「御所湯源泉」、「極楽湯源泉」などがあります。「太閤の湯殿館」は神戸市市立という事で格安な入場料(二百円)なんで気軽に見られます。完全に太閤の湯とは言い難いところもありますが、1m地下に眠っていた慶長期の湯殿(岩風呂・蒸し風呂)の遺構と出土品などが見られます。

豊太閤之塔
歴史

文禄三年(1594年)、豊臣秀吉の命により湯山御殿が建設されました。慶長元年(1596年)、大地震で御殿は倒壊しましたが、慶長三年(1598年)に再建されました。しかし、同年に秀吉は死去しているため、秀吉は再建御殿は使っていないようです。江戸期に入り御殿は取り壊され、現在の極楽寺と念仏寺の敷地範囲になるようです。平成七年(1995年)の阪神淡路大震災で極楽寺の庫裏が倒壊し、その下から湯殿の一部などが発見され、発掘調査後、平成十一年(1999年)に遺構の真上に「太閤の湯殿館」が完成しました。石垣などもその当時のものと発掘調査で確信されたようです。

 実際の岩風呂遺構と湯の流れた跡     蒸し風呂遺構     
岩風呂(説明板/岩場の割れ目を湯が流れた跡とある)
  
館跡の碑(念仏寺)     庭園(復元)
極楽寺    御所泉源
太閤の湯殿館(隣は極楽寺本堂)
野面積みの石垣
庭園(復元)
袂岩(礫岩)    有馬親水公園
旅館の源泉     ねねの像

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