但馬 / 利神城



ファイルNo2778


                            尾根先端からの城跡

@ りかんじょう 
  別名 雲突城 

A住所:佐用郡佐用町平福〜口長谷
B目標地点:平福駅・道の駅宿場町ひらふく
C形式:山城  D比高:250m 
E現況:山林

F遺構等:郭・石垣・説明板
G時代/人物:鎌倉期/別所氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  道の駅から40分

J撮影・訪問時期:2013年01月

  

道案内 ←城跡   ←登城口

中国自動車道の佐用インタを下り、料金所の先の信号を左折し、国道373号線に入ります 4.2km先、左手が道の駅宿場町ひらふくです。道の駅から国道を横切り、平福駅へ向かいます。100m先で右折し、300m先を左折し鉄道のガードをくぐります。ガードにはフェンスがありますが、入れます。 ガードをくぐると廃屋があり、右折して登城道を登ります。

訪城備忘録

「石垣が崩壊のおそれがあるため登城はご遠慮ください」の但し書きがあります。禁止ではなく、登城道のフェンスも施錠はされていませんので、自己責任ということと理解しました。(2018年時点では登城禁止のようです。ご注意ください。)  平福駅手前の駅とトンネルの間にあるガードをくぐり、フェンスを開けて右手に進み、トンネルの横を登って低い尾根上に出ます。ここから城跡まで長い尾根道をひたすら登って行きます。途中、尾根が細くなり両側崖というところなどあり、注意が必要です。城跡は本丸を中心にV字に広げたような形です。登ってきた尾根先端(三の丸)から見上げた本丸は堂々としています。相当に石垣は崩れていますが、これはこれで廃城マニアにはたまらない光景です。尾根道から本丸までの崩壊に比べ、東へ張り出した尾根上の石垣、北側の枡形虎口の石垣、北側の一直線50mほどの石垣はしっかり残っています。西側の石垣は崩れた箇所はありますが、なかなか見ごたえがあります。竹田城には劣りますが、この城も天空の城ですな。なお、旧登山道が北側からありましたが、崩壊が著しいため、今は登れないようです。

城跡遠望
歴史

貞和五年(1349年)、別所敦範が築城したとされます。 その後、別所氏が長く支配しましたが、天正六年(1578年)、羽柴秀吉方の尼子勢の山中鹿之助幸盛に攻められ落城しました。その後、宇喜多氏の属城でしたが、慶長五年(1600年)、姫路城主となった池田輝政の甥、池田由之が入り、5年をかけて大改修しました。慶長十三年(1608年)、輝政は利神城のそびえる三層天守に危機感を感じたのか?、天守の破却を命じ、由之は退去させらました。 寛永八年(1631年)、池田輝興が赤穂に転封となり、廃城となりました。

尾根側の郭を二の丸から見る     二の丸から本丸と虎口を見る
  
尾根から本丸を見上げる        東尾根の石垣   
西側の石垣
本丸からの眺望            本丸  
  虎口石垣           北側の一直線の石垣
北側と西側石垣の隅石垣         西側の石垣    
西側の石垣        三の丸石垣
二の丸から崩壊した石垣

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