播磨 英賀城



ファイルNo1993


              英賀神社の土塁              

@ あがじょう 
  別名 岩繋城(いわつぎ) 

A住所:姫路市飾磨区英賀宮町2丁目
          〜飾磨区中浜町2丁目

B目標地点:矢倉公園・英賀城跡公園・
 JR英賀保駅・英賀神社・山陽電鉄西飾磨駅

C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:市街地・神社

F遺構等:郭・土塁・碑・説明板
G時代/人物:室町期/赤松氏・三木氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2008年10月

  

道案内 ←英賀城跡公園・英賀神社   ←本丸碑周辺

 
訪城備忘録

播磨三大城(三木城・御着城)のひとつと言われたらしく、城域は広かったようです。今はほとんど市街地となってますが、やたら石碑が多く立ってます。城門は13あったらしいです。各城門跡に碑が立ってる感じです。英賀神社にあっる土塁は英賀城の土塁とされます。英賀神社の北側には英賀城跡公園があり、疑似石垣(天守台?)があったりします。本丸碑は城域の東南端に近く、英賀城跡公園から本丸碑まで直線距離で約800mあります。

英賀城関連の碑:本丸碑 土塁の碑 井ノ上口の碑 岡芝口の碑 広辻口の碑 山科口の碑
           河下口の碑 野中口の碑 芝の口の碑 など

本丸碑
歴史

永享年間(1429〜41年)に赤松祐尚が築城したとされます。その後、嘉吉の乱(1441年)以後には三木氏が城主となりました。戦国期に入り、織田信長の西国攻めの中、羽柴秀吉が播磨に侵攻、天正八年(1580年)に英賀城も落城しました。

土塁と土塁碑     英賀神社
現地説明板より
現地説明板より
  
城跡公園疑似石垣      野中口之碑
芝の口之碑      関門西堀之碑

近くの城・関連の城: