備前 徳倉城



ファイルNo3568

主郭周囲の総石垣にびっくりする城跡

             主郭東面石垣(北側)           

@ とくらじょう 
  別名 土倉城・徳蔵城 

A住所:岡山市北区御津河内
    旧:御津郡御津町

B目標地点:岡山空港・徳蔵神社
C形式:山城  D比高:170m 
E現況:山林

F遺構等:郭・石垣・堀切・説明板・(竪堀)
G時代/人物:戦国期/松田氏・宇垣氏、宇喜多氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2019年06月

  

道案内    ←大手登り口

山陽道岡山インタを下り、国道53号線を北上します。約18km先、宇垣の信号で左折し県道61号線に入ります。約4.5km先、県道61号線沿い左手に城跡の説明板があります。ここは搦め手道の入り口です。県道をさらに300m先行くと橋で、その先で県道は大きく左にカーブしていますが、この橋の袂から大手道の登城口への道になります。
 
訪城備忘録

大手道から登りました。中腹の小さな堀切を越えて出丸郭を越え、切岸の高い段郭を三段ほど越えていると両サイドに石積みがある門跡と思われる箇所に至ります。さらに登ると明瞭な井戸があり、段郭をもう2段ほど越えると主郭下に至ります。ここにV字に城道があり坂虎口になってますが、ここから石垣で固められています。相当に高石垣でびっくりします。その上、鏡石のような石がはめ込まれ、坂虎口の上の石垣は立石(鏡石並の大きさ)がある感覚で数か所あります。この立石はこの城道にしかありません。頂部は南に主郭(本丸)、北に二の丸(郭)になり、主郭の南端は直線的に長い土塁があり、側面は石垣になっていて多聞櫓が建っていたんでしょうか。南側に下りると多聞櫓土塁外側にも石垣が確認でき、南から東へさらに大規模な石垣が残っています。今回搦め手には下りませんでしたが、中腹に長い堀(竪堀)が残るようです。主郭(本丸)周囲の石垣は興奮しますよ。

搦手入口説明板
歴史

築城時期は定かではないようです。一説には南北朝期に築城されたとあるようです。戦国期<文明年間(1467〜87年)>、金川城の松田元隆が築城し、宇垣氏を入れたとあるようです。天文年間(1532〜55年)〜永禄五年(1562年)までは宇垣一郎兵衛が城主でありましたが、松田氏の分裂で城を離れたようです。永禄十一年(1568年)に宇喜多直家が松田氏を滅ぼし、徳倉城には遠藤河内守が入りました。その後、慶長五年(1600年)の関ケ原の戦いで宇喜多氏が没落し、小早川秀秋が備前を領し、徳倉城は廃城になったようです。

大手石垣(鏡石のよう)      主郭多聞櫓?石垣
主郭東下大手石垣
城跡遠望
現地説明板より
  
大手道入口
中腹の浅い堀切
出丸郭        出丸郭背後の段差
残念ながら炭焼きの石積み^^; 段郭
大手側中腹段郭・切岸
大手側中腹段郭・切岸
門跡
門跡石垣
門跡上石積み痕跡
井戸     大手側段郭
主郭への最後の坂(石がゴロゴロしている)
大手石垣を登城道から
大手の坂城道下の段の石垣
大手坂城道の石垣
大手坂城道の上の段の石垣
大手上の段石垣(立石が何箇所かある)
主郭東下石垣(南側)
大手上の段石垣から東面(北側)石垣
主郭
主郭南側多聞櫓?石垣
主郭南東下石垣
主郭南東面石垣
主郭南東角石垣
主郭東南角から東面石垣
南側下郭

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