備後 比熊山城



ファイルNo3501

異常に畝状竪堀だけが鮮明な城

              畝状竪堀              

@ ひぐまやまじょう 
  別名 飛熊山城 日熊山城 

A住所:三次市三次町
B目標地点:
C形式:山城  D比高:170m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・畝状竪堀・説明板
G時代/人物:戦国期/三吉氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  林道から10分(比高50m)

J撮影・訪問時期:2018年12月

  

道案内 尾関山公園駐車場 徒歩登り口 林道 城跡

中国自動車道三次インタを下り、インタ入口の信号を国道375号線へ直進します。約2.4km先の上原の信号で左折し国道183号線との併用区間に入ります。約800m先の三次駅前の信号で右折し国道375号線を進みます。約200m先の三次消防署南の信号で国道は左折です。約1.6km先の三次町交差点の信号で国道は右折です。約1.2km先、大才町の信号で国道は左折です。尾関山公園に行くには左折した国道を約600m先を左折したとjころが公園の駐車場です。 林道に行くには大才町の信号を直進して県道39号線に入ります。約1.2km先、三谷のバス停50m手前で左折します。最初は川沿いを進みます。県道から左折してから約1.2km先を左折し林道に入ります。約3km細いくねくねした未舗装の道を登ります。T字を右手に30mほど行ったところで左手に登って行きます。最初は北側の郭群に入りますが下草が多くてわけわからんです。平坦地がわかるだけです。右手の方向に進むと畝状竪堀です。
 
訪城備忘録

尾関山公園駐車場に説明板があります。徒歩の場合は鳳源寺と吉祥院の間の山裾くらいから登るようですが、車に乗せていただき林道経由で訪城させてもらいました。林道は相当に遠回りで道も狭く、荒れていて、乗用車では腹が擦ったり、倒木も多かったです。全体的に下草が多くて遺構は見にくいです。ただ、城域西側にある畝状竪堀が下草もなく異常に鮮明な形で残ってます。この城は戦時中に畑に転用されていたとの事で細かな遺構は消滅しているのかもしれません。南側の本丸千畳敷の東側に南北に大土塁が横たわります。本丸の西側一段下がった郭にも土塁が確認できます。本丸の南東には桝形虎口と説明板にありましたが、よくわかりませんでした。

公園駐車場の説明板
歴史

天正十九年(1591年)、三吉広高が築城し比叡尾山城から移りました。慶長五年(1600年)の関ケ原の戦いで西軍であった毛利氏に従っていた三吉氏は改易され、城は廃城になります。後に広高は浅野氏家臣となります。元和五年(1619年)、福島正則の改易の後に広島に入封した浅野長晟(ながあきら)の子の浅野長治は寛永九年(1632年)に分与され三次藩として三次に入りました。長治は城にあった鐘と城門を三勝寺に移したとされます。

土塁
公園駐車場の説明板より
  
畝状竪堀
畝状竪堀
畝状竪堀
説明板に物見台と書かれた大土塁
眺望

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