甲斐 小山城



ファイルNo2435

方形の館城がよく残る

                          堀  

@ こやまじょう 
  別名 

A住所:山梨県笛吹市八代町高家
    旧;東八代郡八代町

B目標地点:
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:公園・田畑

F遺構等:郭・土塁・堀・碑・説明板
G時代/人物:?期/穴山氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  駐車場から1分

J撮影・訪問時期:2010年04月

  

道案内 

中央自動車道の一宮御坂インタを下り、料金所から左手へ進み国道137号線に入ります。2.8km先の下黒駒北の信号で右折し、300m先の下黒駒の右折し県道34号線に入ります。3km先、栗合の信号で県道34号線は左折です。(直進は県道304号線で県立博物館を経由し石和の中心地に行けます) 1km先の八千蔵の信号で左折し600m先を右折し200m先が城跡です。
 
訪城コメント

館城の趣を充分に残す城です。基本は単郭で西側に物見櫓の土塁が畑の中に残ります。主郭は100m四方の規模で南側の土塁と北側東側の空堀が改変されていますが、周囲を巡る土塁・堀はよく残っています。また、北西土塁上の東屋には往時の礎石があります。土塁の高さも3mほどあり空堀もよく残っているところで2m弱の深さがあってお気軽に見学できるわりには満足な城跡です。

城址碑
歴史

築城年代は不明のようです。宝徳二年(1450年)には穴山伊豆守が居城していたと記録にあるようです。永正元年(1504年)には穴山伊豆守信永が居城していましたが、大永三年(1523年)に南部下野守宗秀に攻められ落城、城は南部氏の属しました。天文十七年(1549年)、宗秀は武田晴信(信玄)に追放され城は廃城になりました。天正十年(1582年)の天正壬午の乱では御坂城の北条氏の備えとして徳川家康は鳥居彦右衛門元忠にこの城を修復させたとされます。


  堀                        主郭虎口と土塁

堀                     主郭内

  
城址からの眺望                       城址遠景

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