武蔵 辛垣城



ファイルNo2713


                         主郭西下堀切   

@ からかいじょう 
  別名  

A住所:青梅市二俣尾
B目標地点:二俣尾駅・名郷峠
C形式:山城  D比高:220m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・竪堀・説明板
G時代/人物:戦国期/三田氏
H満足度: 凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  駅から35分

J撮影・訪問時期:2012年05月

  

道案内 ←登り口 ←城域

圏央道の青梅インタを下り、県道44号線を飯能方面に進みます。2km先の七日市場の信号を左折し県道63号線に入ります。9km先、成木街道入口の信号で国道411号線に入ります。約10km先がJR青梅線二股尾駅前です。JR青梅線二俣尾駅そばから登城口に行きます。 

訪城記録

登り口は二俣尾駅北口から海禅寺側に進むとすぐに左折します。道なりに進むと長泉寺前に説明板があり、さらに山に向かって進みます。山の入口にさらに詳しい説明板があります。山道を道成りに登ります。20分ほど登ると標識があり、名郷峠に向かいます。少し進むと、自然なのかも知れませんが大きな竪堀状の箇所があります。5分ほどで名郷峠でそこより雷電山方面に進みます。すぐに右手に「辛垣城登り口(急坂)」の標識があり、ここを登ります。不明瞭な郭、堀切が続きます。主郭下に到達すると岩の切り通しの虎口形状の箇所に到達します。なかなかりっぱな切通りなんですが、どうも後世に石灰石採掘用の道のようです。その先に平坦地があり、そこにも説明板がりますが、ここも改変されたようですね。すぐ上の尾根に郭の痕跡がありますが、どうも縄張がわかりません。辛垣山の北西下にわりと明瞭な堀切が残っています。南西側へ段郭が続き、ハイキング道を越えた先に林道に改変されたいますが堀切の痕跡あります。南尾根を降りると鉄塔先に大きな平坦地があり、その先に堀切が確認できます。わりと広範囲に展開されていたような城ですが、遺構は石灰石の採掘で破壊されているようで明瞭に残っているとは言えませんが、中世の山城の雰囲気は十分味わえます。麓にある海禅寺には三田氏の墓所があります。

主郭説明板
歴史

三田氏は鎌倉末期頃よりこの地に勢力があったようです。三田氏は平将門の末裔と言われます。勝沼城に対して辛垣城は西城と言われたようです。山内上杉氏に従いましたが、勢力拡大した北条氏にいったん従いましたが、永禄三年(1560年)、上杉謙信が関東進出した際に三田綱秀は北条氏から離反、永禄六年(1563年)に北条氏照に攻められ滅亡しました。


切り通し状            尾根土橋状

竪堀?                  堀切?
 南尾根の堀切                南尾根からの眺望

  
登城口にある案内板
主要部下ハイキング道にある案内板
尾根から見た辛垣山          郭からの眺望
尾根からの眺望
海禅寺の躑躅
海禅寺                  名郷峠

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