武蔵 檜原城



ファイルNo2360


                        竪堀    

@ ひのはらじょう 
  別名 

A住所:西多摩郡檜原村本宿
B目標地点:檜原村役場・吉祥寺
C形式:山城  D比高:200m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・竪堀・説明板
G時代/人物:戦国期/−−
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  吉祥寺から20分

J撮影・訪問時期:2009年12月

  

道案内 

圏央道のあきるのインタで下り、国道411号線を青梅方面に進みます。1km先の油平の信号で左折し都道7号線(睦橋通り)に入ります。7km先、武蔵五日市町駅前の信号で左折し都道33号線(檜原街道)に入ります。3km先の小中野の信号を越え、さらに、10km先、檜原村役場を越えた先の橘橋の信号で左折し、すぐに右折して坂を登った吉祥寺の駐車場に至ります。城跡は吉祥寺背後の山上です。
 
訪城コメント

吉祥寺の本堂の左手から墓地に入り、右手「十三仏巡礼」と書かれたアーチの方に登ると城跡説明板があります。ここから十三仏が山中に建てられていますが、これを巡るようにして山上まで登ります。斜面には大竪堀がほぼ山頂から麓まであり、これを沿うようにジグザグに登ります。この竪堀はこの城に似合わない長大なもので、もしかしたら後世に違う目的で掘られたものかもしれないです。北側尾根上の郭はわりと広く居住区であったかもしれません。この北側斜面に段郭があるようです。南側は大竪堀に繋がる堀切があり、土橋があります。南側は山頂まで二段の小郭を越えると主郭です。主郭の南側は細尾根で、しかも岩盤ですが、三重堀切が残っています。

北の郭
歴史

築城時期、築城者は不明です。ただ、遺構は戦国前期の遺構でありますが、戦国後期、武田氏への備えを考えた北条氏の城として天正十八年(1590年)までは機能していたようです。


主郭より北の郭を見る            主郭南下の多重堀切

堀切と土橋                主郭下の段郭
  現地案内板より               城址遠景(手前の山)

  

  

      口留番所(復元)       茅葺の門のお宅(史跡とは関係有りません)

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