常陸 泉城



ファイルNo2110

山頂尾根部の遺構は土砂取りで消滅

                          鐘転山山頂の説明板  

@ いずみじょう 
  別名 

A住所:笠間市泉
    旧:西茨城郡岩間町

B目標地点:鐘転山・隠沢観音
C形式:山城  D比高:180m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀・堀切・土塁?・説明板
G時代/人物:南北朝期/宍戸氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  隠沢観音から25分、愛宕山=愛宕神社(〜難台山)への車道途中から15分

J撮影・訪問時期:2009年05月

  

道案内 

常磐自動車道の岩間インターを下り、右折して県道43号線に入ります。3km先が国道355号線のバイパスの信号で、ここは直進します。1.5km先の信号が国道355号線旧道です。この信号を直進して愛宕山へ向う場合は直進して1.2km先のY字を左手に行き、250m先の池の端で左手に進み、池沿いを200m進み、右折して300m先、龍泉院手前で右手へ山道を登ります。2.5kmほど山道を進み、大きなU字カーブを曲がったあたりで南側尾根を歩いて行くと鐘転山への道です。あるいは、国道355号線旧道の信号で左折して国道355号線の旧道を進み、1.5km先、厳島神社を越えた先で右折し、1.3km先が隠沢観音下です。ここから徒歩で隠沢観音まで登り、背後の山道を鐘転山まで登ります。
 
訪城コメント

城跡は鐘転山山頂部、東側山腹、山すその三箇所にあったようです。山頂部の南側は採石で削られ消滅しており、主郭部分は無くなっているようです。当日、隠沢観音から登っていきました。途中、山腹に大きな平坦地があり、ここが山腹の遺構の一部であるようです。この平坦地の東側尾根先端(鉄塔があるようです)に遺構が残っているらしいですが見落としました。山頂には泉城の大きな説明板が設置してあります。周囲を歩くと、山頂東側下に堀状の窪みがありますが遺構からわかりません。愛宕山方面に尾根を歩いて行くと、途中、浅いですが堀切状の箇所がありました。さらに歩いて行くと愛宕山への車道に出てしまいました。さらに、山すそ(隠沢観音に登る石段の右手方向)にも横堀の遺構があるようです。これも見落としました。山城は山頂に主郭がありで、ひたすら登りましたが、採石で消滅との事で遺構らしい遺構は見落としもあり見られずで、なんか不完全な気分です。

城址遠望
歴史

南北朝から室町期にこの地を支配した宍戸氏が築城したようですが、詳細は分かっていないようです。なお、龍泉院は文和元年(1352年)に宍戸家秀が開基したとされます。さらに、嘉吉二年(1442年)の結城の合戦で敗れた鎌倉公方方の宍戸持里、筑波潤朝らがこの城に立て篭もったという史料があるようです。戦国に入り宍戸氏は佐竹氏に属するようになり、山すその堀は戦国の頃、佐竹氏の手によるものでは無いかと思われます。 <説明板より>


  堀切形状                   山頂下の横堀形状

中腹部の平坦地(この辺が<城居住部分>だったらしい)

  

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